藍都学苑の校門前に立つのは、どれくらいぶりだろうか。
夕暮れの光に照らされた校舎は、かつてと変わらぬ姿でそこにあった。だが、美佳の心は、もう“あの頃”の自分とは違っていた。

「……帰ってきたんだね」

隣に立つ朝倉純が、穏やかな声で言った。手には明日の“卒業記念同窓会”の招待状が握られている。かつてこの学園で過ごした者たちが集う、その前日──彼らは先に会場を下見するために来ていた。

「校内の警備システムは一応チェックした。大規模な不審アクセスやLAPIS由来の信号は今のところなし。けど、気は抜けないな」

純はポケットから小型のスキャナーを取り出し、校門にかざす。画面には“異常なし”の表示。しかし、それが安心材料になるとは限らなかった。

「明日、どんな人たちが来るの?」

美佳が尋ねると、純は眉をひそめて小さく答えた。

「招待されたのは、アンケートに関わった可能性のある元生徒、教師、研究者、学園職員。それと……“LAPIS計画”の旧管理メンバーたち」

「つまり、明日が──すべての始まりになるかもしれないってことね」

美佳は校門を見上げた。その上には、かつての学園の校章と、「知と心の共育を」のスローガンが今も残っていた。
皮肉だった。“心”を問うアンケートが、どれだけ多くの心を壊したことか。

「明日の準備、整ってる?」

「一応ね」純は頷く。「玲さんが解析したデータをまとめた資料。それに、Type:Zeroと関わった人たちの証言記録。必要な証拠はすべて揃ってる」

「……じゃあ、もう逃げ道はないんだ」

「いや、美佳。これは逃げ道じゃなく、“出口”を作るための最後の扉なんだ」

その言葉に、美佳は目を細めた。
校舎の奥にある講堂──明日の会場では、何が起きるのか。誰が味方で、誰が敵なのか。まだ霧の中だったが、もう後戻りはできなかった。

「私も、あのときの自分にけじめをつける」

「うん。……それと、ユリから伝言がある。『明日こそ、全部終わらせましょう』って」

「彩音も来る?」

「もちろん。彼女なりの“真実”を伝えるつもりだってさ」

赤く染まった空に、学園の影が長く伸びていた。
この都市で起こったすべての因果が、明日──ひとつの場所に集まる。

「じゃあ、明日──またここで」

「うん。朝八時、講堂前」

言葉を交わし、二人は背を向けて校門をあとにした。

静かな風が吹く。
藍都学苑の敷地内、誰もいないはずの講堂。その舞台の裏、真っ暗な影の中で、小さな機械音が鳴っていた。

“ピッ……記憶フラグメント、再収束開始──”

すでに、プログラムは目覚めていた。