真っ白な世界。
目を開けた瞬間、美佳は一瞬、自分がまだ再構築空間の中にいるのではと錯覚した。

けれど、頬をかすめる微かな風と、機械の音ではない誰かの寝息。そして手のひらに感じる温もりが、これは現実なのだと教えてくれる。

「……目、覚めた?」

隣で椅子に座っていた朝倉純が、ほっとしたように微笑んだ。彼の顔は疲れていたが、どこか満足そうだった。

「ここは……どこ?」

「藍都市内の中央医療センター。再構築空間から戻ってきた後、玲さんの手引きで運ばれた。3日間、眠り続けてたんだよ」

美佳は身体を起こそうとしたが、頭が重くて動けなかった。視界の端で点滴の管が揺れている。

「……他のみんなは?」

「無事だよ。ユリも、彩音も。翔も怪我はあったけど、助かった。玲さんも、LAPISのサーバーを強制停止させる直前で、ギリギリ逃げたみたいだ」

美佳は安心したようにまぶたを閉じた。

「そっか……じゃあ、もう全部……終わったんだ」

「まだだよ」

純の声が、思ったよりも静かで、けれど芯が通っていた。

「確かにType:Zeroは封じられた。でも、LAPISの残骸は今も学園都市のあちこちに点在してる。しかも、“あのアンケート”が発端だった事実は、いまだに誰にも公表されていない」

「……じゃあ」

「俺たちが、話さなきゃ。今、藍都学苑では“卒業記念式典”と称して、大規模な同窓会が計画されてる。そこに、関係者が一堂に会する」

美佳の目がゆっくりと開かれた。

「同窓会……藍都学苑で?」

「そう。かつてあの空間で時間を共有した俺たちが、もう一度集まる意味があると思ってる。真実を伝えるのは、今しかない」

カーテンの隙間から、朝の光が射し込んだ。灰色の雲の隙間から、やわらかな陽光が差し込む。

「ねえ、純……」

「ん?」

「わたし、あのとき“終わらせる”って決めた。全部リセットして、何もかもなかったことにしようって。でも今は、もう一度“始めたい”って思ってる」

純は黙って頷いた。

「もう逃げない。この記憶も、あのアンケートも、全部──わたしが生きてきた証だから」

その言葉に、純は強く手を握り返した。

窓の外。藍都学園都市は、今日も静かに目覚めつつあった。