「制御権限、Type:Zeroに完全移行──再構築開始」

その声とともに、世界が揺れた。

いや、正確には美佳の認識する“世界”が、音もなく書き換わっていった。白く無機質だった再構築空間に、色彩がにじみ始め、記憶の断片が幾何学的な模様を描きながら再配置されていく。だがその美しさは、一瞬で崩れた。

「……これは、違う……?」

美佳の手のひらが、何かに焼かれるような熱を持ち始めた。手を見ると、ひび割れのような光が皮膚の下から走っている。それはまるで、彼女自身が記憶データの容れ物となったかのようだった。

「記憶過多エラー。Type:Zero、保持容量を超過しました」

警告が鳴り響く。次々と流入する他者の記憶、憎悪、後悔、絶望──それらが美佳の意識を圧迫していく。彼女が代償として差し出したはずの記憶すら、明滅するように再生されはじめた。

(なんで……消したはずなのに、あの時の自分が──)

思考が混濁する。文化祭の喧騒、照明の眩しさ、仲間との口論と、笑顔。すべてが断片的に蘇る。しかしそれは、美佳のものではなく、複製された“誰かの”記憶として。

「再構築領域、部分的に暴走を確認。特異型記憶体に適応エラー発生」

再び、機械音声が警告を告げた。その言葉に応じるように、美佳の身体ががくんと膝をついた。目の前には、再構築空間を構成していた柱のひとつが崩れ落ちていく。

「……このままじゃ……わたしがわたしじゃ……なくなる……」

意識が引き裂かれる感覚のなかで、美佳はかすかに誰かの声を聞いた。

『──美佳、聞こえる?』

その声は、懐かしかった。音の波紋が美佳の周囲を包み込み、何重ものノイズの奥から、はっきりとした輪郭を持って現れた。

『純……?』

彼女が名前を呼ぶと、光の粒が彼女の胸元で集まり、青白いディスプレイが浮かび上がった。そこに表示されていたのは、LAPISの中枢に割り込んだ緊急アクセス。アクセス元は──藍都学園都市内、地下第7区。

(……学苑じゃない、都市の地下……?)

「三枝美佳、こちら朝倉純。君の意識フィールドが破綻しかけている。今から、外部から強制アクセスして記憶の負荷を軽減する。少しでも自我を保っていてくれ!」

混濁した世界の中で、確かに届いた言葉。それだけで、彼女の中の空白に微かな光が差し込んだ。だが同時に、再構築空間に異変が起こる。空間そのものがノイズを帯び、崩壊を始めていた。

『これは……誰かが外部から、再構築プログラムをハッキングしている?』

純の声に混じり、今度は別の声が聞こえた。

『Type:Zeroはまだ未完成だ。完全起動には、適応者が“最も愛したもの”を代償にする必要がある』

その言葉に、美佳は凍りついた。

(最も……愛したもの?)

彼女はまだ、自分のすべてを差し出してはいなかったのだ──。