美佳は端末の前で立ち尽くしていた。目の前には、選択肢のリストが無機質に並んでいる。

──どの記憶を代償にするか。

それは、命を差し出すよりも苦しい決断だった。

「忘れたくない……全部、わたしの一部なのに……」

でも、もう迷ってはいられない。このシステムが暴走すれば、誰かの大切な記憶が消され、改ざんされる。それは、自分自身がかつて怯えた未来。純や彩音、そしてユリや玲たち──藍都学苑で出会ったすべての人たちの未来を守るために、美佳は口を開いた。

「高校二年の……文化祭の記憶。あれを──消して」

心がちくりと痛んだ。舞台裏で準備に追われ、クラスメイトと本気でぶつかり合った、あの汗と涙の日々。だけど、その記憶が引き換えになるなら──。

「記憶削除、承認」

端末が淡く光り、美佳の中で何かが静かに切り離されていった。涙は出なかった。けれど、胸の奥にぽっかりと空いた空白が、今も何か大事なものを告げている気がした。

直後、美佳の身体がふわりと浮き上がり、再構築プログラムの中心核へと運ばれる。白い空間に、無数の記憶データが浮遊している。人の感情、時間、選択。すべてが形を持ち、美しくも脆い光となって漂っていた。

「Type:Zero、起動準備完了」

声が響き、プラットフォームに美佳が立つと、身体が透明な膜に包まれるような感覚が広がる。コアの少女が再び姿を現し、今度は小さく微笑んでいた。

「あなたの意志は受理された。LAPIS中枢は、これより再構築ルートを変更する。制御権限を“Type:Zero”に移行」

視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間、無数の光が美佳の身体に吸い込まれた。誰かの記憶、怒り、悲しみ、そして愛情が流れ込んでくる。圧倒的な情報量に息が詰まりそうになるが、美佳は耐えた。

「これは、わたしの責任。わたしが選んだ、もう一つの現実」

そして──

「再構築開始」

その言葉と同時に、空間が反転し、光と闇がねじれるように混ざり合った。新たな世界が創られる予兆。その中心に立つのは、確かに──三枝美佳だった。