宮下ユリの瞳には、確かな決意が宿っていた。

かつては内気で、誰かの後ろに隠れていた少女──だが今のユリは違う。LAPISの中で何かを得て、何かを失い、そして美佳の元へ辿り着いた。

「ユリ……どうしてここに?」

「わたしも、アンケートに答えたの。……そして、あの“再構築”に巻き込まれた。覚えてないと思ってた。でもね、美佳のこと、忘れられなかった。わたしの中に、ずっと残ってたの」

美佳の胸の奥で、何かが微かに震えた。ユリは高校時代、同じクラスで、特に親しいというわけではなかった。でも、廊下ですれ違えば微笑んでくれた子だった。話した記憶は少ないのに、その微笑みはなぜか、はっきりと脳裏に焼きついている。

「あなたの記憶が、わたしの中に共鳴したの。『再構築プログラム』は、記憶を操作するだけじゃない。“似た者同士”を引き合わせる性質があるみたい……」

「それって……偶然じゃないってこと?」

ユリは頷いた。

「LAPISは、ただの意識拡張ツールなんかじゃない。これは、人間の“魂”そのものを編集する装置。データのように感情を切り貼りして、望ましい人物像を作り上げようとしてるのよ。…でも、それに抗う力も、ある。」

そう言いながらユリは自分の胸を指さした。

「“本当の記憶”が、まだ残ってる。再構築されても消えなかった思い出──それが、私たちをつなげたの。」

美佳は息を呑む。もしかして、自分にもそんな記憶が?

「わたしにも……ある。よく思い出せないけど、誰かの手を、強く握った感触……。誰かの声が、わたしの名前を呼ぶ……そのとき、すごく安心した気がしたの」

ユリがそっと美佳の手を取る。

「その記憶が、きっと答えなの。あなただけじゃない、わたしも、彩音も、玲も、みんな奪われたの。取り戻すためには、この“中枢層”にあるコアデータを破壊しなきゃいけない。」

美佳の視線が、中央の円形ゲートから少し離れた場所──漆黒の立方体に移った。それが“コアデータ”だと本能的に理解する。

「でも、それって危険じゃ……現実に戻れなくなる可能性だって……」

「それでも、やる価値はあると思う。だってこのままじゃ……わたしたちは、“本当の自分”を失ってしまうから。」

美佳は、ユリの手をしっかりと握り返した。

「分かった。わたしも、やる。──今度は、逃げない」

目の前に立ちはだかるのは、巨大な記憶の迷宮。歪められた真実、操作された過去、選ばれた“人格”。

でもそのすべてに、抗うことができる。

ふたりは並んで立ち、コアデータへと一歩ずつ歩き出した。

それは、記憶に対する宣戦布告だった。