扉をくぐった瞬間、美佳の全身に冷たい電流のような感覚が走った。

先ほどまでの白い空間とは打って変わって、そこはまるで巨大な図書館のような空間だった。天井まで届く無数の棚には、透明なディスプレイのようなものが並び、そこに光の文字や映像が流れている。

「ここが……LAPISの中枢層?」

美佳が呟くと、目の前に1つのディスプレイがせり上がる。そこには彼女の顔写真、そして「被験体No.037」と表示されていた。

「なに……これ……?」

美佳の指が震えながら画面に触れると、次の瞬間、無数の映像が彼女の目の前に浮かび上がる。

アンケートに答える彼女の姿。
そのデータを転送するLAPIS管理者たち。
そして、彼女の意識状態のモニタリングログ。

「LAPISに接続する被験体は、生活困窮者、精神的不安定層、あるいは過去にトラウマを抱える者が好ましい」
「彼らは抵抗しにくく、“再構築”による影響が顕著に現れる」

次々と浮かび上がるメモ、報告書、会議記録。それはまるで、無断で実験に利用された人々の告発文のようだった。

「ふざけないで……! 私たちは、ただ、アンケートに答えただけなのに……!」

怒りが胸を満たす。自分だけじゃない。七海彩音も、宮下ユリも、そして──有栖川玲も。

「これが“中枢層アーカイブ”。LAPISが収集した膨大な記憶と感情、そして……実験の履歴だ。」

またしても声が背後から響いた。振り返ると、今度はスーツ姿の男がいた。だがその顔には仮面のような意識遮断装置がかぶさっており、誰かはわからない。

「あなた、誰……?」

「この中枢で語られる言葉に、個人の名前など不要だ。だが、お前が知る必要があるのは1つだけ──“すべての意識は上書きできる”という事実だ。」

男が指を鳴らすと、美佳の視界がぐらつく。突然、目の前の映像が切り替わり、今度は彼女が知らないはずの少女の記憶が流れ出す。

「やめて……! これは……わたしじゃない……!」

「それでもお前は、選ばれた。“No.037”、お前の役目は、次の段階へ進むことだ。“再構築”はまだ終わっていない。」

男の姿が霞む。空間が崩れ、アーカイブの棚が倒れ始める。

──脱出しなければ。
このままここにいたら、“本当の自分”が上書きされてしまう。

美佳は最後の力を振り絞って走り出す。目指すのは、中央に浮かぶ黒い円形ゲート──現実への帰還装置。

だが、その扉を目前にしたとき、別の声が彼女を呼び止めた。

「美佳……!」

振り向くと、そこにいたのは──宮下ユリだった。

「ユリ……? なんで、ここに……?」

「あなたを追ってきた。彩音の記憶の中で、あなただけが鍵だと分かったの。LAPISを止めるには、あなたが必要なの!」

2人の目が交差する。
“記憶の被験体”として利用された者同士。
この地獄から、生きて戻るために。

「一緒に行こう、美佳。今度こそ、逃げない。」