「選ばれた者……? どういう意味なの、翔くん」

 美佳の声が震える。彼の姿を見た途端に湧き上がった懐かしさは、すでに消え去っていた。
 代わりに胸を満たしたのは、疑念と、かすかな恐怖だった。

 「この都市が“特区”として成立した理由を、お前は知らないだろう、美佳」

 静かに語り出した東郷翔の声は、機械のように冷たく、理論的だった。

 「藍都学園都市は、国家主導の“情報倫理実験区”だった。LAPISは、その中枢となるシステム。人々の無意識の選択や傾向をデータ化し、それを元に社会モデルを最適化する。つまり、ここは“未来の社会”のテストケースだったんだ」

 「……そんな。私たちは、実験材料だったっていうの?」

 「そうだ。そして、その中で、特に適応能力と判断力に優れた者たちが“選ばれた”。LAPISの根幹を支える演算因子、コードネーム《ARCHIVE》として」

 「じゃあ……あなたは、その一人だったってこと?」

 翔はうなずいた。
 「だが、再構築が完了すれば、この演算因子の体系は崩壊する。お前がやろうとしているのは、“世界の書き換え”ではなく、“世界の削除”だ」

 美佳は唇を噛んだ。言い返せなかった。
 確かに、再構築が成功すれば、LAPISの制御構造は一度完全にリセットされる。選択の責任が“自分自身”に戻るということは、それまで誰かに“代行”してもらっていた無数の結果が、意味を失うということでもある。

 だが──それでも。

 「それでも、私はやる。私が、アンケートで“望んだ”結果は、誰かを犠牲にしてまで叶えるようなものじゃなかった」

 「理想論だ」

 翔の瞳が、わずかに揺れた。

 「人は、自分に都合のいい答えを望む。アンケートは、その本音を暴く鏡だ。だからこそ、そこから得られた情報にこそ価値がある。お前のやろうとしていることは、人の弱さを否定する行為だ」

 「違うわ。私は、人の弱さを“受け入れたい”だけ」

 その瞬間、美佳の足元に青白いリングが広がった。
 ミオが再び再構築プログラムの起動に成功したのだ。

 《再構築プログラム、起動確認。意志の最終入力を求めます》

 東郷翔は、美佳の前に立ちふさがる。

 「進むなら、俺を超えていけ」

 美佳は拳を握る。
 その背後には、かつての仲間・朝倉純と、彩音、ユリの姿があった。

 彼女は小さく、でも力強く頷く。

 「翔くん。──私は、過去の自分にも、未来の自分にも、ちゃんと責任を持ちたい。それが、私の選んだ答えだよ」

 《最終承認:三枝美佳。再構築プログラム、最終フェーズへ移行》