崩れ落ちる廃工場を背に、夜気の冷たさをまといながら、美佳たちは走り抜けた。
 出口を飛び出した瞬間、胸を満たしたのは、鉄と埃の匂いではなく──澄み切った空気だった。

 振り返れば、工場の屋根が大きく崩れ落ち、土煙が立ち上っている。
 それでも不思議と恐怖はなかった。
 まるで建物自身が「役目を終えた」と告げて、眠りについたかのように思えた。

「……終わったのかな」
 ユリが肩で息をしながら呟く。

 美佳は答えず、都市の方へ視線を向けた。

 そこには、見慣れたはずの藍都学園都市が広がっていた。
 けれど、いつもの夜景とは違っていた。

 街路樹に沿って小さな光が帯のように流れ、ビル群の窓が一斉に明滅し、遠くまで続く光の網が都市全体を覆っていた。
 まるで都市そのものが呼吸をしているように、柔らかな明滅を繰り返している。

「これ……LAPISが……?」
 玲が言葉を飲み込む。

 東郷は無言で夜景を見つめていた。彼の瞳に映る光は、どこか感慨深げで、そして寂しげだった。

「俺たちが選んだ答えを……都市が受け取ったんだろうな」
 純の低い声が響く。

 美佳は胸元に触れる。
 彩音から託された鍵が、まだ温もりを残していた。

──ほんとうに、これでよかったのかな。
 わたしたちの選択は、誰かを傷つけることはなかった?
 問いが胸の中に浮かんでくる。

 だが、同時に胸の奥で小さな確信も芽生えていた。
 誰かが問いを投げかけ、誰かが答える。
 その繰り返しが未来を形づくるのだと。

「……行こう」
 美佳は仲間たちを振り返った。
「この都市がどう変わっていくのか、ちゃんと見届けなきゃ」

 その言葉に、純が笑みを浮かべる。玲は頷き、ユリは力強く拳を握った。翔は冷静なまなざしで彼らを見守りながらも、足を踏み出す。

 六人はゆっくりと街へ歩みを進める。
 夜空の下で、都市はまるで彼らを迎えるかのように輝き続けていた。