月曜日の、朝。
いつもの乗り換え駅に、列車が到着すると。
三藤月子、赤根玲香、高嶺由衣、そして僕を含めた四人は。
接続する列車を見送り、一旦出口のほうへと向かう。
「お・は・よー!」
よほどみんなを、待ちきれなかったのだろう。
改札を飛び越えるように抜けてきた、波野姫妃が。
ギプスをつけていない、自由に動くほうの腕を大きく振っている。
「海原君。どうよ、どう?」
「な、なにがですか……?」
「違和感とか、なくない?」
「その近さが、違和感よ」
三藤先輩が、僕に接近している波野先輩を遠ざけようと、会話に混じる。
「思い切って、ネットに色塗ってみたの!」
確かに、額の傷を覆う包帯などが白くない。
「それに、前髪おろしたら。遠目にはあんまりわからないでしょ?」
「じゃぁ。遠くに離れてくれたら、わかるかもよ」
今度は、玲香ちゃんが三人の真ん中にカバンをはさんでくる。
「ちょっと、わたし怪我人だよ!」
「なーんかこれだけ元気なら、こんなお迎えいらなかったんじゃないですか?」
ついに高嶺までもが、僕に肩を当ててから。口を突っ込んでくる。
「ちょっとさぁ! 放送部の子たちって、めちゃくちゃ冷たくない?」
波野先輩は、みんなの顔を不満そうに見渡す。
三藤先輩と玲香ちゃんが、すかさず反論しようとしたのだけれど。
波野先輩は、それを片手で制すると。
「でも、ありがと。こんな格好でもみんなとなら学校にいくの、楽しい」
今度はいきなり、キャラを変えて。
瞳を、潤ませてきた。
「か、かわいい……」
「ちょっと由衣、騙されないようにしなよ?」
玲香ちゃんは、ちょっと冷静で。
「まったく。最初からそう素直にいえばいいのよ……」
三藤先輩は、もっとなんかこう。達観しているのだろう。
「やっぱ。なんか、つ・ま・ん・な・いかもー」
僕はそう、ウルッとした瞳にはドキッとしそうだけれど。
でも、その演技よりも。
「フツーにしときま・す・よー」
そうそう、そんな『普通の』波野先輩のほうが。
ちょっと親しみやすくて、いいと思うのだ。
……そして迎えた、放課後。
体育祭と文化祭を、この週末に控え。
放送室の内外は、両イベントの実行員会を束ねる『委員会』本部として。
とんでもないにぎわいを見せている。
「はい、昴! あとこれも!」
文化祭実行委員会の会計、春香陽子。
自称・僕の『姉』だというその人が、次々に書類を渡してくる。
「あとこれもね。す、昴」
高校の思い出づくりと称して、文化祭実行委員長になった都木美也。
この先輩も、確か『姉』だといいはじめたはずだけれど。
どうもまだ、その呼び方がぎこちない。
「ご、ごめんね。結局『出戻り』になっちゃったね……」
なんでも、副実行委員長でもある文芸部部長が。
自分の部活の展示が、絶望的にまにあわないらしく。
「い、一緒にここでやってい?」
都木先輩たちが、仕事一式を引っ提げて戻ってきた。
「ステージとか、そういうのは任せてあるから。事務仕事だけだよ?」
手伝う、というかまとめてやりますけどね。
とはいえ、それにしてもすごい仕事量だ……。
「ブツブツいってないで、働きなさーい」
えっと、委員会担当兼放送部顧問の藤峰佳織。
「そうそう、そうしないと終わらないわよー」
その両方の肩書きに、『副』がつく高尾響子。
……この、ふたりの先生。
いまも緊張感ゼロで、大好きなパンを放送室で食べているだけの先生。
「なになに? パンはちゃんと差し入れたわよ」
「そうそう、飲み物とかもいっぱい用意したよ?」
いや、それ以上に。
なんか先生たちの事務仕事まで、まとめて持ってきましたよね……。
「ごちゃごちゃいわない! さっきのは印刷終わったよ!」
印刷機と放送室を往復している高嶺が、また段ボールを積んでいく。
「小さな声で、いえないのかしら」
そう『小さな声』で、僕の隣で書類に忙殺されている三藤先輩がつぶやく。
「聞こえてますけど! 次があるんで消えてあげますね!」
アイツは、絶妙のタイミングで高尾先生が差し出したメロンパンを手にして。
人混みの中をまた、消えていった。
そう、放送室の外は人混み。いや行列がずっと伸びている。
そこに玲香ちゃんと、波野先輩が、まるで守護神のように。
部室の入り口に、机を構えていて。
諸々の書類の受付や相談ごとを、引き受けてくれている
玲香ちゃんは、教科書も書類も読むのが非常に早い。
「この理由だと、用途が不透明なので受付られませんよ」
「前回指摘した箇所、まだ直っていませんけど?」
おまけに記憶力抜群な上に、審査が厳格なので。
いつまにか『事務長』と呼ばれ、恐れられている。
かたや、波野先輩は。
「台本とか色々読むの好きだからね! わたし」
それがどう作用するのかは、いまいちわからないけれど。
みんなの悩みや相談が、お芝居にでも見えるのか。
なんだかんだと、解決に向けて提案してくれるので。
近頃生徒たちに、『ハッピーエンド』と呼ばれている。
本来、波野先輩は。
文化祭までは所属としては、演劇部のはずだった。
ただ、不慮の事故で部長と本人が怪我をして。
最後のステージは、中止となった。
「……もう、文化祭が終わるまでは、お見舞いはいいから」
病院に見舞った演劇部の部長は、まず僕たちに告げると。
文字で書くと、別の意味にも取られそうだが。
「海原君、姫妃をよろしく」
そういって、頭を下げた。
僕は、自分の無念を表に出さず、周りを常に労い続けるそに人を目の前にして。
同じ部長として、心から尊敬した。
「ステキな部長ですよね……」
「本人を前にいわないと。でもあの人、涙もろいところがあるからさぁ……」
あのときの、帰り道。
ポロポロと泣き出した、手負いの女優の涙を。
三藤先輩は無言でやさしく、ふいてあげていた。
……なんていうか、信頼関係があたたかい。
放送部のみんなは、一見バラバラに見えても。
実は、お互いにすごく助け合っているのがわかる。
以前、この仲間に。
本当に入っていいのか、迷ったわたしに。
海原君は、こともなげにいってくれた。
「入ったらわかりますから、入ればいいじゃないですか」
ありがとう、おかげでわかることが毎日たくさん増えている。
そうやって、海原君に感謝しているからこそ。
もし、その『隣の席』に座れるときがきたら。
わたしは、誰よりもふさわしくなれるようになりたいと思っている。
「……波野先輩? 怪我人なので、無理しないでくださいね」
わたしなんかより、ずっと働き続けているキミのために。
わたしができるところを、見ていてほしい。
「平気、へ・い・き!」
大勢が注目する舞台に立つことだけが、輝けるということではない。
たったひとりのために、輝いてみたい、
このときのわたしは、そう。
そんな想いを。
……今度はゆっくりと、あたためはじめていた。


