アルチェが手配した対戦相手は、友達の親戚とやらで、女冒険者の格闘選手だった。見知った相手で「素手の喧嘩」ならば命のやりとりにはならないという、彼女なりの配慮もあったのだろう。
 ゴブリンという種族は、ある種の魚や爬虫類のように(?)寿命が定まっておらず、あまり老いない(老衰で死ににくい)。しかも免疫力も最強だから病気で死なず、回復力も高い。数が繁殖ですぐ増えるというよりは「減らない」(ちなみにゴブリンは他種族の女性との間の子供もゴブリンになる特性がある)。

「ちょっとくらい怪我しても、治るでしょ?」

「ああ。そうだな」

 闘技場での前座や幕間の見世物試合だ。
 現れたのは、冒険ギルドからのゲスト刺客。

「は? お前みたいなのが?」

 女冒険者は見るからにスポーティーで筋肉質な、さながら女豹。

「「盗賊狩り」とか言ったって、ここにはナイフとか武器とかもないんだし。普通のか弱い女の子とは、あたしゃ鍛え方が違うぞ」

「ごもっとも、ごもっとも」

 俺は手を叩く。
 そしたら、即座に襟首を摑んで吊し上げ。

「そら、これで何もできないだろ?」

 観客たちがどっと笑う。
 俺はレフェリー審判員を見た。

「これ、試合開始でいいのか?」

「え、ああ」

 審判員が女格闘士を見ると、彼女は「いいぜ、やってみ!」とグラグラと俺を揺さぶる。
 摑んだのが、シャツの襟首なのが間違い。
 俺はスルリと脱ぎ捨てて、まるで猿か蛇のように、さっきまで自分を摑んでいた腕伝いに絡みつく。しかも足を延ばして、女の頭に引っかけ足でチョークスリーパーに首を締め上げる。さながら肩車みたいにして。

「おお?」

 振りほどけないうちに、意識が薄れる。
 とっさに、後方に倒れ込む女戦士。地面にぶつけるつもりなのだろうが、そうはいかない。さっさと離脱して転がる。
 はっきり言って、ゴブリンはパワーは人間と大差はないが(一般には小柄でもある)、運動神経は野生動物並み。しかも本能ではなく人間の知性で駆使して立ち回れば、それだけで強力な武器になるのだ。おまけに俺は元から「半素人」というカテゴリで、心得もあって素人でないのだから、それにゴブリンの運動能力が加われば「猛者に匹敵」するということだ。
 ひっくり返った女選手が起き上がろうとした顎先に、手のひらでポンッと引っかけるように揺らすショックを与えて脳振盪させる。拳骨ではなく、手のひらの手首の付け根、いわゆる「掌底」。自分が拳を痛めるのも嫌だったし、顎を砕き割るほどの必要性も恨みもなかったから。

「わんっ! つーっ! すりーっ!」

 俺は飛び跳ねて、パンパンと両手を叩きながら大声で自らカウントしてやる。

「ふぉー、ふぁいぶっ!」

 ここいらでいいだろう。あまり待ちすぎて、また立ち上がってこられると厄介だ。
 緑色の拳を振り上げて「俺の勝ち!」と宣言。
 しばしあっけにとられた観客たちが大爆笑で歓声を上げる。これは前座や幕間劇みたいなもので、真剣勝負より面白さが喜ばれる。まして、人間の道化のように振る舞うゴブリンだから(笑いがとれてよろしい)。
 だが、アルチェは驚き、引き攣った笑いで青ざめている。俺の凶行を危惧しているらしく、こちらに出てこようとする。取り押さえてでも公開凌辱を阻止するつもりなのだろうか(俺を取り押さえるなんて、君にできるものだろうか?)。

「よーし、パパは勝者の権利を行使しちゃうぞ!」

 横から駆け寄ってくるアルチェの足音を聞きながら、それでも俺は勝ち誇るのをやめない。対戦相手は気を取り戻して目を白黒させて、地面にへたり込んだままでどこか身構えている。「ひっ」と小さく呻いたようだった。
 俺の勝ちはそこまでだった。
 横からアルチェのラリアット直撃し(なんて馬鹿力なんだ! 感情爆発か?)、ひっくり返ったところを耳をつかまれる。そのまま引っ張られて退場することになった。
 それが、俺とアルチェの奇妙な冒険の始まり。