その女の名前はアルチェといった。金色がかった栗色の髪の毛に、いかにも町娘らしい服(安い質素さにも、少しだけ飾り気がある)。たぶん二十歳くらいだろうか。

「闘技場に出たい?」

「ああ。手っ取り早く金を稼ぐ、見世物ビジネス」

 どうやら「金」という言葉に反応を示す。ゲンキンなこと、この上もない。

「お前か、お前のオヤジか兄弟にでも、マネージャーを頼む。ゴブリン一人では闘技場との交渉も難しいからな。あんまり大金を賭けるというよりは、むしろ見世物のショーだと思った方が良い。それなら、もしダメでも借金にはならない」

「ふーん? 色々と考えてるんだね」

「でなけりゃ、わざわざゴブリンになんかなってねーよ」

「モリオって、ずっとその格好なの?」

「?」

「人間に戻るとか、考えないわけ?」

 俺は、腕組みして小首を傾げた。

「「人間を辞めてフリーダム自由」のために、わざわざゴブリンになったんだぜ? ポイントを溜めたら、あとで種族の属性の変更とかはできるそうだけどな」

「へえ、そうなんだ?」

「でも、仮に種族を変えるとしたら、人間になるよりも、もっとハイレベルなやつにする。中途半端にポイントを使っちまうなんて、もったいない」

 並んで歩くアルチェは考える仕草。

「それって、かっこいい上級エルフの騎士とか?」

「魔族の魔王とか、面白いかもな。人間だけでなく魔族も平等に、戦国時代に突入。それかドラゴンになって自由自在だとか、インキュバス(男の淫魔)になってやりたい放題」

「最低」

 俺は言ってやった。

「お前だって、「金」って言葉だけで目の色変えてたくせに」

「だってえ」

 アルチェは目をそらして、口をとがらせた。

「世の中って、お金でしょ? それに、私みたいなことになったらさあ?」

「あー、盗賊にアレコレされて「もうお嫁にいけませーん」ってか?」

 すると、アルチェはふと歩みを止めた。さっきより小声だったが、強く吐き捨てるような調子で「最っ低」と呟いて横目に睨む。
 さすがに俺はギクリとして、己が発言の無思慮さに思い至る。少し考えて言った。

「不可抗力だし、お前はそこそこ美人だから、良さげな男の一人や二人くらい、捕まりそうじゃないのか? 失恋したり破談になったり、女に騙されてみたいな男はいくらでもいるだろうし、やもめになって新しい女房が欲しい奴もいるだろうし」

「……」

 しばし黙って、後ろから再び歩きはじめる気配がする。

「頭つかえっての。あんまり短絡的な思い込みだけだと、自分から墓穴だぜ?」

「だったらさ。あんたは?」

「破れかぶれ? 襲っていいわけ? あれか、闘技場で儲けた取り分を割り増しして欲しいとか?」

「やだよ、ゴブリンの子供できたら最悪。そうじゃなくって、モリオがいつか人間やエルフとかになったらってこと。結婚とか、愛人とか」

 回答に困った。
 俺、まだこの女のことをよく知らない。