天幕テントの入り口で、違和感があった。
 においでなんとなく。
 入り口のカーテンを開けたら「やっぱり」。

「んんんぅー!」

 俺を見て、驚きに目を見開き、パニックじみた恐怖を浮かべ女。そりゃ怖くてビックリするだろう。返り血浴びたゴブリンがやってきたら。
 しかもその女は縛られて猿ぐつわ。町っぽい服装だから、里帰りの途中か、どこかで乗り合い馬車でも襲われたのだろうか。

「んんっ! むぐうぅう」

 半狂乱はご自由にどうぞ。ヒステリーは自分一人でどうぞどうぞ、付き合う義理はない。
 ゆえに俺はガン無視して、近くにあっても手拭いで血と泥の汚れを払う。服もあるのだが、たいして防御に使えず汚れるだけなので、腰蓑と武器帯だけだ。
 手近に革の鎧と刀剣が二振り。短剣はそのまんまで使うに手頃そうだった。金貨銀貨もさっきの餌食の隠しポケットから頂戴しておいたが、たいした額ではない。こういう無法者の手合いがお互いをさして信用していたとも思えないし、共用のテントに高価なものを置いているとも考えにくい。
 俺は、縛られた女を一瞥する。

「んんん~、ううう」

 首を必死で左右している。涙目で。

「お前、捕虜とか身代金誘拐か?」

「?」

「どこの人だよ? 攫われたのか?」

 話しかけると、様子が変わった。普通のゴブリンでないと察したのだろうか。
 俺は、いったんテントの外に出て、鍋から煮込んだ肉入りオートミール粥をすくって、もう一回テントに戻った。ポンとエサでもやるように女の前に置き、猿ぐつわを引き下げる。ナイフを抜くと怯えや警戒の色を見せたが、ロープを切ってやると自由にされてどうにか落ち着いた。

「あなたは?」

「ちょうどいいロープだな」

 俺は娘を縛っていたロープで、刀剣と革鎧を結びつけ、鎧の中に使えそうな上着や衣類を数枚詰め込んだ(小袋に移し替えた穀物と干し肉の入った袋も頂きだ)。それを引きずって表に出て、自分も鍋の横でオートミール粥を食いだす。旨い、勝利の味だ。
 あの女のことは後で考えよう。逃げたら逃げたで構わないし、レイプして殺す(口封じ)という選択肢は面白いが微妙でもある(そこまで無駄な気合いや根性まではない)。ここから拉致したところで引っ張っていく大変さや、それ以前の問題として飼育の手間や自分が誘拐犯になって追われるリスクは割に合わない。放っておいて「変なゴブリンが盗賊を殺して見逃してくれた」と知られても、それで何か良い機縁になるかも。