幼馴染と奇跡的な再会を果たした数か月後。
再び終電を逃した私は、パンプスを擦りながら歩いていた。
「着いた」
【Cafe ルビン】と書かれた看板には、例の絵が描かれていた。前に見た時は気づかなかったことが不思議なぐらいだ。
カラン
『close』の札を無視して扉を開けると、そこには店長ではなく幼馴染としての彼がいた。
「いらっしゃい」
「わざわざ時間取ってくれてありがとう。お店、休まなくても良かったのに」
「気にしなくていい。運よく今日は予約がなかったし」
佑真は私を出迎えると、前と同じ席に案内してくれた。
「何飲む?」
「お水、貰っていいかな」
「分かった」
彼は私の分と自分の分の水を持ってくると、向かいに腰かけた。店内のBGMはなく、静かな空間だ。
「電話があったから何事かと思ったけど、とりあえずこの前よりも健康そうで良かったよ」
「その節はご迷惑をおかけしました…」
深々と頭を下げると笑われる。そんなの気にしなくていい、とは言われるが、私としては大事なことだ。
ひとしきり笑ってから佑真は私に向き直る。
「で、今日はどうしたんだ?」
明るくも真剣みを帯びた声。一瞬喉が引き攣ったが、覚悟を決めて話を切り出す。
「あのさ、前に一緒に働かないかって言ってくれたじゃん」
「うん」
「改めて説明を聞きたいんだけど、いいかな?」
もちろん、と返してくれた佑真。私も、以前に言われたことと齟齬がないか、しっかりと耳を傾ける。
「まず、夜の【Cafe ルビン】は、昼と夜では全く違う。昼は、誰でも気軽に立ち寄れるカフェ。でも、夜は、世の中で苦悩を抱えた人たちのための『逃げ場』だ」
「逃げ場…」
「ああ。生きていれば、誰だって心に深い傷を負う。だから俺は彼らが安心して、ありのままの自分をさらけ出せる場所を提供したいんだ」
佑真の言葉には、彼の強い信念が込められていた。
「瑞希にやってもらいたいのは、彼らの話を聞いて、共感してあげること。そして、彼らが少しでも前向きになれるような、アドバイスや温かい言葉をかけてあげることだ」
「……」
話は以前と変わらない。変わらず不安を感じている私に、佑真は優しい視線を向けた。
「瑞希ならできる。瑞希は人の気持ちに寄り添える、優しい心の持ち主だから。現に俺も、何度も瑞希に背中を押してもらった」
「私、そんな大層なことしてないよ」
「してくれたんだよ。意図してないとしても、本当に勇気づけられた」
佑真はそう言ってくれるが、彼だって私の背を押してくれた。だから私はこうして仕事を辞めて、やりたいと思えることに進めている。
「仕事が不安なら、俺もいるから安心してくれ。何か困ったことがあれば、いつでも俺を頼ってほしい」
彼の心強い言葉に、私の不安は少しずつ薄れていった。
「私を雇いたい気持ちって、……今も変わってない?」
私の言葉に、佑真はすぐに頷いてくれた。
「変わってない。寧ろずっと待ってるぐらいだ」
「……ありがとう。それが聞けて良かった」
私は鞄の中から1枚の書類を取り出した。それを佑真の前に置く。
「これって、」
「雇用保険被保険者証。退職した時に雇用主が変わるから返されるの」
驚いた様子の佑真に、はっきりと告げる。
「このカフェで働きたいと思ったから、退職してきたよ」
「っ、瑞希!!」
嬉しくてたまらないという佑真の顔に、私まで頬が緩む。
「辞めたいと思って辞めたんじゃなくて、ここで働きたくて辞めてきたんだから。…だから、よろしくね。使えないからってクビにしないでよ?」
「するわけないだろ!」
当然のように答えてくれる。考える素振りなく言い切ってくれたのが嬉しかった。
「あー…絶対断られると思ってた」
「本当はもっと早く言いたかったんだけど、ちゃんと辞めてからにしようと思って。遅くなってごめんね」
佑真も緊張していたのか、深く息を吐いた。
「じゃあ、雇ってくれる?」
「当たり前だ。これからよろしくな」
固く交わされた握手に、私たちはまた笑うのだった。

