「東京なのに星がいっぱい」
「すごいよね。俺も初めて見た」

 お店に入ってたっぷり2時間
 彼の営業テクによって乗せに乗せられ、武勇伝から黒歴史までしっかり話してしまった
 ぐいぐいとお酒も進められ、胃の中はすっかりお酒でたぷたぷ
 珍しくほろ酔いの私に、彼は酔い覚ましを提案し、今に至る
 夏の夜
 最近、熱帯夜だとか騒がれているけれど、そんな言葉は似合わないほどに心地のいい涼しさ
 火照った(ほてった)頬を、夜風が冷ましてくれている。気持ちいい

「こんな時間に都心にいたことなんてないからね」
「俺はたまにいるけど、上を見て歩かないからなー」
「夜遊びした人の特権なのに、気づかないなんてもったいない」
「だよね。損してたわ」

 ぽんぽんと会話のキャッチボールをしていく
 その間、お互いの顔は見ない
 時折、静かに(きら)めいている、広大な星の海の中に
私たちの声は吸い込まれていった
 もしも、このままぼーっと。無数の星たちと見つめ合っていたら
 声だけじゃなく、私の意識まで持っていかれるんじゃないか
 視界の端から端まで迫りくる暗闇を見ていると、そんな有り得ない心配が思い浮かんだ
 ブゥーンと。遠くで車を走る音が聞こえる
 低い音だけど、真夜中にはよく響く。その音で我に返った
 星空から目をそらし、隣に立つ彼を見る
 足取りの怪しい彼は、ふわふわと海に漂う(ただよう)くらげの姿に重なった
 短くはない黒髪が風に揺らされ、余計にそれっぽく見える
 気を抜くと、夏の夜にかっさわれていきそうだ

「いつも、酒飲んで酔っ払ってるか、室内でダーツとかビリヤードやってるかって感じだしな。落ち着いて空を見るなんてことはやらない」
「そういえば言ってたね。ってことは、結構夜遊びしてるってこと……?」
「うん、健全に夜遊びしてる」
「夜遊びに健全もなにもないでしょ」
「いーや、俺は健全なの」
「いや、それはなんの意地なの」

 しょうもない、中学生みたいなプライドがじわりと笑いを誘ってくる
 アルコールの混じった不純な笑いが、口からふふっと零れ落ちた
 彼を見ると、楽しそうにこちらを見てにこにこしている。笑った顔がかわいい。小学生みたい
 すると、満面の笑みを浮かべたまま、彼はゆっくりと私の右手を引いた
 普段は決して触れ合うことのない私たち
 ふいに感じた温もりに、びくりと心臓がざわついた
 そんな私の動揺を知らない彼は、私の手をやわらかく包んで離さない

「俺のお気に入りの場所、行く?」

 目が合った瞬間、そんな提案をされた
 夜遊びをしている彼の、お気に入りの場所
 気になるけども、簡単に返事をしてはいけない気がする。絶対に治安が悪い
 とりあえず、行き先の確認はしておくべき。情報はあるに越したことはない

「どんなところなの?」
「うーん……女の子が行くところじゃないな」
「なにそれ、行きたいのに怖いんだけど」
「このまま徘徊するよりは治安いいよ」
「まぁ、白井が危ない場所に連れて行くとは思ってないけど……」

 だったら、女の子が行くようなところじゃないって、どういう意味なんだろう?
 パッと思い浮かんだのは、クラブとか女の子のお店とか
 ほんとうに、私が行っても大丈夫だよね?
 彼への信頼はあるけれど、正解がわからなくて不安になってくる

「行きたいって言ったから、行き先確定ね」
「何屋さんに向かうの?」

 相変わらず機嫌のいい彼
 にこにこ顔で大きく一呼吸ついた彼は、クイズ司会者さながらの間をとって口をひらいた

「答えはね……ゲイバーです」

 聞き慣れない単語に、思考がフリーズしたのは仕方のないことだと思う