目の前の彼は、目を疑うようにパチパチと多めのまばたきを繰り返している
お酒に負けてへろへろな彼はよく見るけども、まぬけ顔は初めてかもしれない
こらえようとした笑いが、口から漏れた
「白井はさ、さりげない気遣いが上手だよね」
仕事で若干不機嫌になっている先輩へ、軽いノリでタバコ休憩へ誘ったり
疲れている後輩に、布教中だからと言ってお気に入りのお菓子を差し入れたり
受け取った側の負担にならないような、気を遣われていると気付かせないような
小さな優しさを配るのが上手だなって、最近気づいた
「あとはシンプルに、顔と声がいい」
「顔はよく言われるけど、声……?」
「そう。声を聞いてると落ち着くんだよね。飲んでるときに眠くなるのは、半分くらい白井のせいだって思ってる」
「理不尽……」
そう言いながらも、彼の口角は微妙に上がっている
なんだかんだ褒められて嬉しいんだろうなって、すぐにわかる
もともと、私は何かの感想を述べるタイプではない
普段の飲みだったら、こんなに素直に褒めてあげてないけど……今夜は長いから、特別サービスだ
にやにやと嫌な笑いを浮かべながら眺めていると、彼は明らかにムッと口を尖らせた
「って、俺の話はいいの!」
「えー、もうだめなの?」
「ダメです、話を戻します。……ったく、褒め殺しされるところだった」
せっかく、爽やかな好青年の弱い部分を目に焼き付けるいい機会だったのに
ボーナスタイムはすぐさま終了してしまったらしい。残念
長い時間置いてけぼりにされていたラス1のいぶりがっこチーズを、小さい一口でむしゃり
ぽりぽりと燻した香りを楽しみ、一拍置いて日本酒をくいっと喉に通した
「あぁ、おいしい。幸せ……」
「幸せそうでなによりです」
「ごめん、声に出してた?」
「無自覚だったんかい。もろに出てたよ」
「ごめんごめん。おいしくて、つい」
「別にいいけど……とにかくさ。俺から見た深山はかっこいい人なわけで。その強さはなにからできたのかってのは、わりと興味があるんだよ」
「……かっこいい?」
「あ、間違えた」
なんだか、急に顔があつい
ぼっと火が燃え上がったかのようで、今までに経験したことのない感覚
部活をやっていた頃に、散々かっこいいとは言われていたから褒められること自体には慣れているはず
だけど、彼が褒めたのは私の根っこの部分なわけで
そのことを自覚した途端に、顔に熱が集中した……ような気がする
「なにこれ、日本酒のせい?」
「いや、照れただけでしょ。あ、すみません、追加でビールをお願いします」
さらりと注文した後、彼は枝豆を口につまみ入れながら、視線はこちらに向けてにやついている
ついさっきまでとは形勢逆転。一体、どういうことなのか
そして彼は、私をからかいながらも気遣いは絶やさない
注文のとき、ついでにお冷とおしぼりを頼んでいた。しごできがすぎるだろう
「お待たせしました~」
店員さんもしごできすぎる。1分も経たないうちに、多すぎず少なすぎない泡を乗せた黄金のシュワシュワが、机にことりと置かれた
お冷とおしぼりは、当たり前に私の前に置かれる。……恥ずかしい
酔いをさますために、ジョッキの半分までごくりごくりと減らしていった
つめたいみず、すごくおいしい。いい匂いがするおしぼりも、ほどよく冷たくていい感じ
「はは、あの深山が盛大に反応してくれるとか。これはもしかして夢?」
「そうそう。白井が見ているのはすべて夢。明日になったらすべて忘れる」
「絶妙な呪いをかけてきやがる」
「まぁ、呪いをかけなくても、白井はお酒弱いし、忘れてくれそうだけど」
「うんうん。だから深山の武勇伝を聞かせてよ。部活はバレーをやってたんだっけ?」
いつもどおりの浅い返しが、嘘かほんとかをわからなくさせている
さすが営業、巧妙な手口を使うじゃあないか
今日くらいは、騙されてもいいかなってちょっとだけ思ったりもする
これが俗に言う深夜テンションというものなのかもしれない
「ありがちな青春だから、そんなに期待しないでよね」
「うん、大丈夫」
冷めたポテトをつまむ。もそもそするけど、ガーリック味は安定のおいしさ
喉がかわく。水をのむ
改めて自分の深い部分を曝け出そうとすると、ハードルが高い
だけど、もたもたしている私を見る彼の目は、とても柔らかくて
「それにね、俺はどんな小さな話でも聞きたいなって思うよ。深山の話なら、ぜんぶ」
……さすが営業。相手を喜ばせる声掛けが、お上手です
ドキリと
不自然に強く心臓が跳ねた理由は、今の私には考える余裕がない
