「それにしても、最近はもう話題がなくなってきたよね」
「あーあ、言っちゃったね。俺も思ってたけど、言わないようにしてたのに」
「認めたら負け的な?」
「違うよ、俺の配慮だよ」
「へぇ」
「どうでも良さそうだな?」
「うん、すごく」
「え、かなしい。おれ、とってもかなしい」
と、中身がぺらぺらの言葉を交わしては、辛口の日本酒に口をつける
脂ののったお刺身を口の中で溶かし、日本酒に舌鼓を打ち、口が空いたら軽口を言い合う。さっきからこのくりかえし。……やばい。ねむくなってきた
あくびがでてきそうになり、それをかき消すようにあわてて口をひらいた
「まぁ、私たちはサシで飲み過ぎなんだよ。だからさ、他の人も誘えばいいんだと思う」
彼と飲む頻度は1週間に一度くらい。たまに数日に一度になるときもある
最初は、学生の頃はなにをやってただとか、どんな人と付き合ってたとか、お互いにかるーく過去の話をしていた。彼が小さい頃から柔道をやっていて、黒帯を持っているというのは実に意外な話だった
言われてみれば、まくったシャツの袖からは引き締まった筋肉がちらりとのぞいている。前に同期の女の子にツンツンつつかれていたのを思い出す。女の子にボディタッチをされるのは好きじゃないのに、作り笑顔で必死に誤魔化してて。
あの場面を振り返ると今でも笑えてしまう。でも、ダメだ。ここで突然笑い始めると変な人になる、こらえなきゃ
吹き出しそうになる笑いを、どうにか抑えて微笑みに変えた
「たまには違う話も聞きたいよね?」
「そんなことないけど……」
「だって私が話せるのって、学生の頃のことしかないし」
彼の控えめな返しに、食い気味にかぶせて返す
彼からは、社会人になってから始めたバイクでの小旅行が楽しいとか、職場の誰がむかつくとかの話をしょっちゅう聞いている。趣味のことは何回話しても楽しいらしく、暑い夏も凍えるような冬もどっちも最高なんだって、きらきらした高校生みたいな顔で報告をしてくる。とってもまぶしい
それから他には、機会を見てもっと稼げるところに転職したいだとか、何歳には結婚したい、子どもがほしいだとか。絵に描いたような人生設計を聞いたりもした
……そう、私はあくまでも聞く専門。今の私には、特にこれといった不満も願望もないのだ
