星のひとつも見えやしない、人工の光で溢れ返っている夜の下で
「深山ごめん、時間見てなかった」
「私も見てなかった。ごめん」
真面目に反省する声と情けなく反省している声が、混ざりながら静かに落ちた
光を失った電光掲示板を見つめ、途方に暮れる私たち
初めてのことでショックに打ちひしがれている私たちを、陽気な声や騒がしい声が取り囲んでいる
金曜日の真夜中を目前に、家に帰らない人は結構いるらしい。その中に、シラフの人は一人もいないけど
しばらく思考を停止していたっぽい彼は、ひとしきり落ち込んだところで私の肩へポンと手を乗せた
「今からどうする?飲むか、夜遊びをするか」
社会人としてはまだまだひよこみたいな彼と私
都心で働いてはいるけれど、都心に住めるほど稼いではいない
新宿から電車で30分以上かかる『市』まで、タクシーで帰るには出費が痛すぎる
つまり、私たちは今から帰るという選択肢を選べない
夜が明けてまた電車が動き始めるまで、飲み続けるか遊び続けるかの二択ということなのだ
「夜遊びって、例えばなにをするの?」
「んー、ダーツとかビリヤードとか」
「なにそれ、超楽しそう」
夜遊びと言われて真っ先にカラオケを思い浮かべたものの、どうやらまだまだお子様な発想だったらしい
彼が例に挙げた遊びはどっちも名前を聞いたことあるだけで、経験どころか間近で見たことすらもない
なにも知らずにうきうきしている私を、彼はおもしろそうに眺めている。もともとの童顔に、さらに幼い笑みを浮かべて
きっと彼についていけば私の好奇心は満たされるんだろう
でも、遊んでいるときに高みの見物でドヤ顔をされるのは、なんだか癪かも……
よし、今日は大人しく飲み続けることにする
「やっぱり飲み足りないから、飲みに行きたい」
「えー、残念。でもまぁ、飲み屋はこの辺歩けばどこかしら入れると思う」
「間違いない」
「汚くて狭い居酒屋でも文句言うなよ?」
「私が白井と行った店で文句言ったことがある?」
「ないわ」
「でしょ」
「ごめん」
「ゆるす」
大して意味を持たない、軽い言葉の打ち返し合い。力の抜けた笑いを、お互いに零し合った
ここ数か月の間、彼と何度も飲みに行ってはそんなことをしてばかり
このくらい頭も気もつかわずにいられる関係が、一番楽で心地いい
最近は、気を許し過ぎていることに気づいて、沼るとよくないと少し焦ったりもするけど……今のところは大丈夫
私たちは、職場では仕事の調整で必要最低限に話すだけ。プライベートは飲み一択、断じてデートなんかしない
学生時代に抱いていたような、異性に対するときめきだけは1ミリも、一瞬も、生まれない
「ここでいい?」
アルコールのせいか、ぼやけた夜のせいか
ぼんやりしている間に、二次会候補のお店へ到着したらしい
見上げた先にあった看板の文字は、毛筆で書いたみたいにごつくて力強い
傍に立っているメニューには、見覚えのある日本酒がずらりと並んでいる
どこからどうみても、彼の言っていた”汚くて狭い居酒屋”には見えない
テキトーなようで気遣い屋。一人っ子のようで実は弟と妹がいる。白井はそういう人
「ここがいい」
「よし、つぶしたる」
「それいつも言ってるよね。私はつぶれたことないけど」
「今日は違うかもよ?」
「はいはい」
頬がほんのり赤くなっている人の言葉に、説得力はまったくない
続けてなにかを言いたげな彼を背に、二つ目の舞台へと私は足を踏み入れたのだった
