夏休みが終わり新学期に入った。5、6時間目は11月に行われる文化祭の、クラスの出し物を考える時間に当てがわれた。
「それじゃあ、何か案ある人は挙手してください。その後多数決取ります」
クラス委員の2人が仕切り、みんなしたい出し物を言われた通り挙手して言っていく。
お化け屋敷、メイド喫茶、コスプレ喫茶、劇、プラネタリウムなど様々だった。そして多数決の結果、クラスでは『衣装レンタル写真館』をすることになった。
衣装レンタル写真館とは、名前の通りコスプレ衣装の貸し出しと、装飾されたブースに入って好きなように写真が撮れる空間をの提供するもの、目玉はコスプレをしているスタッフ数名の誰かとチェキが撮れるイベントなんだとか。
衣装も手作りにするようで、貸し出し用とキャスト用の衣装を作らなければならないらしい。
残り時間は準備に当てられ、それぞれ衣装班、装飾班、企画班と3つの班に分かれて作業することになった。もちろん僕は衣装班だ。
「聞いてきたよー」
みんながしたい・着てみたい衣装の案を聞き、低予算で作るのが衣装班の仕事。クラス全員に着たい衣装を選んでもらい作成する。
「女子はメイド服を希望、男子は海賊や新選組とかが多いね」
「やっぱり男子と女子の好み分かれるね」
「やだぁ、大変そうー」
女子たちの言っていることには同意する。でも高校2年生の文化祭は今年しかないのだから悔いのないようにしたい。
「僕も協力するからみんな協力して頑張ろう」
みんなが耳を傾けてうんうんと頷いて言葉を受け入れてくれた。
「それでね、雪兎くんに着てもらいたいものがあって」
「でも僕、部活の劇で忙しくなるから着れないかもだよ」
「それでもいいの。作っていい?」
「着てくれるなら私たちも頑張って衣装作るから!」
囲んでくる女子たちの圧がすごすぎて、ダメだとは言いづらく頷くしかなかった。
先生に預かった予算で、布を買ったりフリルを買ったりと買い出しに来ていた。
裁縫ができる人を中心に集められた班だが、中には苦手な人もいる。そんな人たちは買い出しの荷物持ちとして手伝ってもらった。勿論僕も持ったけどね。
「買ったねー。明日から作り始めればギリギリ完成するかも。だから今日中に採寸を終わらしてしまおう」
僕たちは学校に帰り、2人1組でクラスメイト1人の採寸を行って全員終わるころには放課後になっていた。
まだ始まったばかりの文化祭準備、作業の手を止めて帰る人もいれば部活に顔を出しに行く人もいた。
僕も演劇部に寄って、メールで頼まれた追加衣装の制作をしなければならなかった。
「そういや、今日琥珀くんと会わなかったな」
お昼に空き教室に行ってみたが姿がなく、時間になってそのまま帰ってきて現在に至る。
「もしかして夏祭りのこと気にして会いに来なかったとかじゃないよね」
そうではないと言ってほしい。そうじゃないと頑張れそうになかった。
「ねぇねぇ、聞いた。2年4組の出し物」
廊下を歩いていると、残って文化祭準備をしている女子の会話が耳に入ってきた。
2年4組と言えば琥珀くんのクラスだ。何をするのかは琥珀くんから聞こうと思っていたけど、会う時間が取れていない今、当日までの楽しみだと思っていた。
「2年4組ね、メルヘンメイド喫茶をするんだって」
「えー何それ」
(え、何それ)
僕も彼女と同じ言葉が浮かんだ。メイド喫茶はまだわかるがメルヘンはどっから来たのだろうか。
「なんか、満場一致で琥珀くんを主役にする案が出たんだって。色々イベントを組むからテーマとして『メルヘン』を入れたって聞いたよ」
「あー、納得! 琥珀くん×メルヘン、絶対可愛いよね」
盗み聞きをしながら彼女たちの話に頷きが止まらない
「メイド服ってスカート履くのかな? それともジャージメイド?」
「あーどっちも捨てがたい! なんなら2日間分けて着てほしいよね」
(確かに、メイドだとスカートが膝丈だと似合うだろうし、ジャージにエプロンを着るジャージメイドも見てみたい)
女子たちの会話に混ざりたいのを我慢して、僕は部室へ向かった。
(可愛い琥珀くんがメルヘンな可愛いメイド服を着て……。ん? それは他の人にも狙われるってことになるんじゃ)
さっきまで嬉々としていたが、危険な状況に鳴ったと理解するにつれだんだん青ざめていった。
「琥珀くん、大丈夫なのかな」
心配だったけど、この日に会いに行こうと決めていた日程を全て準備に当てることになり、結局文化祭が終わるまで忙しく走り回ることになった。
昼休みになっても空き教室に行ける状態じゃなく、僕はいつまで経っても琥珀くんに会うことはできなかった。
◇
「うー、琥珀くんに会いたい」
「仕方ないだろう。あと1か月しかないのに衣装も3分の1しかできてねぇんだから」
僕が考案した『大きいサイズを作って細身の人が着ても調整できるファスナー』の取りつけをしていた。
衣装の大半は分担でいけるがファスナー部分は僕の専用担当となっている。そのせいで、次々とできあがっていく衣装が僕の下にやってきて、てんてこ舞いだ。
「休み時間返上はもう少し後でもいいのに」
「それだと本当に間に合わなくなるぞ。それに演劇部の方は持ち帰ってるんだろ?」
「ううっ、そうなんだよね」
演劇部も春に決めていた【呪われたウサギの王子と幸せを運ぶ姫】の台本がこの間配られたばかりだった。
内容を見る限り、完全なる恋愛ものかと思いきや中には面白く笑えるコメディ要素が入っていて楽しみな演目だった。
「ひばり先輩が頑張って脚本を書いたんだ」
「あの先輩すごいのな」
そう、ひばり先輩はすごくてカッコいい。僕も頑張る先輩に負けず頑張ろうと、家に持ち帰って追加衣装を縫っている。
こう思うと、前もって衣装の直しを頼んでもらえていたことに感謝したい。
(絶対一緒にしてたら、手も身も心もズタボロになってただろうな)
指示してくれたひばり先輩は、どこまで先を見据えているのか気になってしまう。
「程々に休憩して作業続けろよ」
「うん、そうするよ鷹也」
鷹也は自分の担当である装飾班に戻って行った。鷹也も忙しいはずなのに様子を見に来てくれているのを知れば誰だって好きになるだろう。
「お腹空いたから休憩しよう。購買って開いていたっけ?」
僕は鞄から財布を取りだして購買に向かった。
琥珀くんのクラスの前を通らなければ、購買に行けない。遠回りすれば行けなくもないが、こちらが近道だった。
(普段顔を隠しているから、気にせず通ればバレることもないだろう)
僕は2年4組の教室の中を見ながら通りたかったけど、我慢して前だけ向いて過ぎ去った。
「バレてないよね」
思ったより静かに準備していて、僕のクラスとは大違いだった。
購買で僕はなぜか残っていたいちごクリームパンを買って、中庭のベンチに座って食べた。
以前、琥珀くんからもらったクリームパンは幸せの味がしたけど、今はただ甘いだけ。
「琥珀くんに会いたい。どこにいるんだろう。あ、そうだ連絡すれば……」
僕は忙しすぎて連絡先の交換をしていたことを忘れていた。チャットを開いて、霜月琥珀に送った。
【琥珀くん、こんにちは。最近、文化祭の準備に追われてて会えてないね。時間作るから一緒にお昼食べない?】
送ったメールに返事が来たのは、夜9時くらいで【ごめん。文化祭終わるまでは俺の方も忙しくて時間とれなさそう】と端的に書かれていた。
「そうだよね、だってクラスの主役みたいだし……。文化祭一緒に回るのは無理かな。これで無理なら来年……」
未練がましくも僕は【そうだよね、忙しいならしょうがない! なら当日、一緒に回らない?】と送るがそれについての返事はなくて、そこで琥珀くんとの連絡は一時途絶えた。
さらに翌日から演劇部の練習に参加した。体育館の舞台上では練習をする部員と演出のひばり先輩が、出入り口近くの場所では大道具と小道具が協力してそれぞれの仕事をしている。
「背景向こう側持ってー。あっちに運ぶから」
「白のペンキどこ?」
「あっちにあった気がする。取ってこようか」
「ごめんお願い」
と演劇部の裏方メンバーもこぞって声を大きく出している。それはいつか舞台に上がりたいと思っている人がいるという意思表示に近いものだった。
「雪兎くん、衣装は順調か?」
「あ、ひばり先輩、これ付けたら全ての衣装完成です。あ、着ぐるみは今度持ってきます」
ひばり先輩とこうして2人になるのは、部室で寝ているところを仕方なく盗み見てしまった時以来。何も追及してこないということは、気づいていないかなかったことにしてもらえているのだろう。
「今年の文化祭は良いものができるだろう。そんな予感がする。雪兎が衣装を直してくれて助かった」
「僕のできることをしたまでです」
僕は男なのに裁縫ができてしまったことで、揶揄われ続けた。けどひばり先輩がこうやって僕を求めて認めてくれたから期待に応えたいと思った。
「雪兎」
「はい、ひばり先輩」
「雪兎は誰にこの劇を観てもらいたい?」
「え……」
「雪兎もこの劇を作った一員だからな。ちなみにわたしは、まどろっこしいことをしているとある2人に観てほしい」
まどろっこしいとは誰のことを指しているのだろうか。
(僕が関わったのは衣装だけ。だけどこの劇は、琥珀くんに観てもらいたいな)
「いい顔つきだ。さぁて、続きでもしますかね」
ひばり先輩は腕を上にして、身体を左右に揺らすストレッチをして疲れた身体を伸ばす。それほど観てほしい2人のために頑張っているんだろうなと伝わってくる。
「ひばり先輩、少しだけクラスの分もやっていいですか?」
僕は少しの時間でもいいからと言う意味で嘆願すると、なぜかひばり先輩は笑って「好きにしろ。雪兎の仕事は終わっているからな」と手を振って舞台の方に戻って行った。
◇
文化祭本番2日前、演劇部で事件が起きた。
「なんですってー!?」
体育館に着いた時、中から突然ひばり先輩の大きな声がした。何ごとかと思いみんながひばり先輩の周りを囲む。
「どうしたんですか、部長」
「何かやらかしてしまったんですか?」
心配で声をかける部員たち。ひばり先輩がボソッと何かを言うが、聞き取れなかった。
「……のよ」
「?」
「王子役が風邪に罹って、文化祭には参加できそうにないって連絡が来たのよ!」
「……ええぇ!?」
このタイミングで風邪は、ある意味呪われていると言っても過言ではない。王子は代役を立てるしかなくなるが、誰が演じることになるのだろう。
「部長、王子いなかったらこの話は成立しません」
「今からだとセリフも動きも半分くらいしか覚えれないのでは……」
「そうね。どうにかして代役を……」
静かに悩んでいるひばり先輩。悩んでいる人がよく見せる左右に動く行動を見せた。
そして、ハッと何かをひらめいたみたいでこちらを向いた。ひばり先輩は僕の方にズンズンと歩いて来て手を取り包み込んだ。
「雪兎、お願いがあるの」
このひと言で何か嫌な予感を覚えてしまった。周りにいた部員たちも「あー」と納得している。
「な、なんでしょう」
「王子の代役としてステージに出てほしいの」
(やっぱりそう来たか……)
僕は手が空いたときとに、王子役で練習に参加していた経験があり、台詞も覚えている。だから僕にお願いしてくるのだろう。
「でも、僕ステージには立たないって……」
「確かに約束したわ。でも私は、みんなが一丸となって作り上げたこの劇を多くの人に見てもらいたいの。顔を見せたくないと言うなら少し脚本や動きを変えましょう。どうかしら?」
心強い説得に僕は頷いた。先輩やみんなが頑張ってきたのを知ってるし、気持も痛いほどわかるから。
それからは時間との勝負で、衣装の丈を調整したり台詞を変えたりして、練習を重ねて何とか失敗しない程度のステージができるようになり、怒涛の2日間を終えた。
◇
そして文化祭当日。まだ始まってもいないのに楽しそうに騒ぐ生徒の声とは裏腹に、僕は緊張した時間を過ごした。
劇は午後からなので、午前中はクラスの出し物を手伝った。
「おはよう、準備あまり手伝えなくてごめんね」
「そんなことないよ! 短期間なのにクオリティーの高い服いっぱい用意してくれたし、助かっちゃった」
一緒に衣装班をしていた子たちから労いの言葉を貰うことができて、一安心。
「雪兎くん、前にコスプレ作ったら着てくれる? って聞いたよね?」
「そういえば言ったね」
「売り上げ貢献のために着てきてくれないかな? 私たち頑張って作ったの」
「わ、分かった」
光沢感のある黒の布地で作られた服を渡され、男子更衣室と書かれた教室で着替え2-2教室に戻った。
「あのーこれ着方あってるかな?」
「「「「きゃーーー!!!」」」」
耳が壊れるくらいの女子の悲鳴。中には倒れている人もいた。
「執事服が似合う高校生あんまりいないって」
「試しにさ、『おかえりなさいませお嬢様』って言ってみて欲しいんだけど……」
「かっけー。イケメンって着こなし完璧じゃん」
倒れてる人そっちのけで話を続けるクラスメイトたち。
「ちょ、大丈夫?」
「待て、お前はこっち」
介抱しようと手を伸ばしたが、鷹也に教室の外へ出されてしまった。幸いにもクラスの男子が倒れた子たちを保健室に運んで行ってくれた。
「どうして倒れちゃったんだろう」
「お前、無自覚にもほどがあるだろ。この際だからはっきり言うが、お前は昔から顔が良いんだ。だから女子たちにコソコソカッコいいとか言われるし、こうやって着てと頼んでくるんだ」
「え……?」
自分ではカッコいいなんて思ったことはない。どう見ても鷹也の方がカッコいいじゃんと心の中で思った。
「お前とつき合いたがっている顔目的の女子らがいるんだから、行動は自制して……」
「琥珀くんは僕をカッコいいと思って近づいてた?」
僕は鷹也に言われて初めて自分がイケメンなんだと知った。だからその分、琥珀くんも近づいてくる女子と同じような理由で話しかけてきたのではないかと頭によぎる。
「……知らね。だけど俺から見ればそういうんじゃなくて純粋に仲良くなりたいって感じだったぞ。だから安心しろ」
(琥珀くんのことを一瞬疑ってしまった。でも琥珀くんは僕の顔を目当てに近づいたわけじゃないって心の中では分かっているから、会えないのがもどかしい)
鷹也のひと言で疑う気持ちが晴れた。疑ってしまった罪悪感もありながらも、「早く会いたい」という気持ちが一気に心を染める。
「文化祭のどこかで、告白したいな」
僕は告白すると覚悟を決めてから教室に再び入り、午後の劇のことを話して仕事を振り分けてもらった。
僕は教室でキャストの役割を任された。何をするのかと言えばコスプレをしてお客さんとチェキを一緒に撮ること。
「そんなのでいいの? 衣装班だし、試着室周りでの役割の方がいいと思うんだけど……」
「それは向こうに任せるから、葉月と一緒に宣伝頑張ってくれ」
鷹也も普段着ないような系統のコスプレ衣装に身を包んでいた。多分、海賊と思われる服。目には眼帯を、腰には剣を吊るしていた。
「眼帯カッコいいね」
「似合うだろ。獅埜(しの)が来たら剣持たせてって催促してきて、振り回して喜ぶだろうな」
「目に浮かぶね」
身内話をしていると、一般会場の時間になりお客さんが続々と校舎内に入ってきて、一気に校舎の中も外も騒がしくなった。
「いらっしゃいませー。衣装レンタル写真館へようこそ! ゆっくりお選びくださいねー」
「すみません、こちらにお並びください」
クラスメイト達があちこち慌ただしそうにしている。助けたいけど、「雪兎と葉月はそこを動くな」と指示されていて動けない。
「1名様ごあんなーい。チェキ1枚お願いしまーす」
「いらっしゃいませ。お荷物はこちらにどうぞ。試着室はこちらです」
第1陣の衣装接客から第2陣のカメラ係へ、見事な連携プレーに感動した。
「チェキ撮られる方入ります。どうぞー」
カーテンが開くと衣装を着ている大学生くらいの女の人が入ってきたが、「きゃー!」と言って倒れそうになった。すぐに支えて「大丈夫ですか?」と声をかけると、「ふぁい」とふわっとした言葉が返ってくる。
カメラ係は容赦なくカメラを構えて、「では撮りまーす」と伝えるとすぐにシャッター音を立ててチェキを撮った。
客さんにでき上がったチェキを渡してお見送り。
「また来てくださいね。お待ちしてます」
「また来ますぅ」
その後も、シフト終わりまでチェキを撮ってお見送りの繰り返しがただひたすら続き、劇が始まる前に疲れて動けなくなりそうだった。
時間になり、僕は執事服から制服に着替えて体育館に移動した。バックヤードには、次に発表する演劇部の人達が集まっている。
「お待たせしました」
「あ、主役が来たわよ。ほら準備して」
裏方のメンバーが衣装やヘアメイクやらを手伝ってくれ、仕上げに4月からずっと共にいたウサギの着ぐるみを頭に被された。
「ふぅー、緊張してきた」
「大丈夫よ雪兎。みんなも。この日のために頑張ってきたんだもの。自信を持って行ってらっしゃい」
ひばり先輩が背中を押す言葉をみんなにかけた。その言葉はまるで魔法のよう。
『……さん、ありがとうございました。続いては演劇部の出し物です。題名は【呪われたウサギの王子と幸せを運ぶ姫】です』
アナウンスが体育館全体に響き渡った。ドキドキと心臓の高鳴る音が、外まで聞こえちゃうんじゃないかと思うくらい大きい気がする。
僕はドキドキしたままステージに立ち幕が上がり開演した。
「僕は呪われた王子。昔、魔女の反感を買ってしまい呪いがかけられた。人間に戻るにはどうしたら……」
『王子は頭だけウサギになってしまった姿を周りに知られたくなくて、お城の自室に閉じこもっていました』
「ここは隣国ね。美味しい物たくさんあるといいなー」
隣国の姫を演じるのは、部内1演技が上手く可愛らしい顔立ちの3年の先輩。僕が繕った水色のドレスをまとって優雅にお姫様を演じている。
『この姫様は“幸せを呼ぶ姫”と言われていました。どうしてそう言われるようになったのか、それは……』
話が進んでいくにつれ僕のセリフも行動も多くなり、舞台袖から出たり入ったり。
姫は可愛くて妖精のような見た目だとひばり先輩に聞いたことがある。それを聞いて思い浮かんだ人物は、琥珀くん以外にいなかった。
『王様の命令で王子様は、隣国の姫様と顔を合わせることになりました』
「はじめまして王子様。私は隣国の姫ですわ」
『姫はウサギ頭の王子様を見ても驚かず、いつも通り挨拶をしました。それに王子様は驚きを覚えました』
「あぁ、よく来てくれた。まずは旅の疲れを癒してくれ」
「あの、王子様。良かったら私とお友達になってくださいませんか?」
「え……? でも僕には呪いがかけられている。だから他の方と仲良くしたほうが……」
「私は、貴方がいいんです!」
『姫様は王子の手を握り必死に伝えました』
前にも同じようなセリフを聞いたことがある。
(確か琥珀くんと仲良くなった時、ウサギを被っていても気にしないって言ってくれて本当に嬉しかったなぁ)
「ひひひっ。あの姫は警戒心が無いようだ。王子と私の邪魔をしてくる姫をまず殺してやろうではないか」
『魔女は姫が好きなわたあめに毒を仕込みました。そしてタイミング悪くウサギ王子と姫が一緒に城下町へやってきてしまいました』
「わぁ、美味しそうなわたあめ。これ1つくださいな」
『姫が1口わたあめを食べると、喉の辺りを押さえて苦しみ倒れてしまいました。心臓に耳を当てると心音がしません。店主に姿を変えていた魔女は正体を明かすと、王子に言いました』
「姫を助けてほしくば、姫を探し出してキスをするんだな」
『魔女は姫を連れて煙と共に消え去ってしまいました』
「姫を助けに行かなければ。行くぞ」
舞台袖に捌けて舞台転換。魔女の城のシーンに入り、もう少しでクライマックスだ。
魔女と戦うシーンになりステージから客席を見ると、最前列に琥珀くんを見つけてしまった。
久々に琥珀くんを見た反動か、着ぐるみの中で顔が熱くなってきている。動揺してセリフが飛んでいきそう。
『魔女との戦いに勝利した王子は城の最上階へ上り、姫を探しました』
「こ、ここにいたのか、姫」
『魔女の城の一室で寝かされていた姫。王子は姫の頬に手を添えて額にキスをしました。すると姫は自国の魔法使いからかけてもらっていた奇跡で、蘇ることに成功しました。あとは王子の呪いを解くだけです』
「王子様助けに来てくれてありがとう」
「友達のためなら、当然です。あなたさえ元気でいてくれれば……」
『王子の健気な愛情に、姫は胸打たれました』
「私、本当は前から貴方に恋をしていたんです。でも関係が壊れるのが嫌で伝えられずにいました」
「僕も、貴方を慕っております。真っ直ぐ素直なところに心惹かれていました」
『2人の思いが通じ合い、キスを交わしました。すると王子の身体からキラキラした何かが浮かび上がってきました』
僕はこの後の“魔法が解けたら着ぐるみが取れる”という演出を中止したかった。琥珀くんが来るとは思っていなかったから。
ひばり先輩に中止してと言いたくても、遠すぎて通じるはずもない。
スポーン。
着ぐるみは引っ張られ、『予定通り呪いを解くことに成功した』の構図ができ上ってしまった。
「「「「きゃーーー!!!」」」」
教室同様、ここでも悲鳴が観客席のあちこちから聞こえてくる。
「あの王子ビジュ、やばぁ!」
「あとで声かけに行こうよ」
琥珀くんはどうなんだろうと一瞬だけ目を向けると、驚いた顔で見ている。対して僕はずっと違う意味でドキドキと心臓が音を立てていて、周りの歓声や相手の声が聞こえづらかった。
「呪いを解いたな。チクショー」
『力を失った魔女は小さくなって消えてしまいました。そして、王子と姫は国民に祝福されながら幸せに暮らしましたとさ。おしまい、おしまい』
幕が下りて演者の僕たちも舞台袖にはけた。何とか成功することができたという嬉しい気持ちと、琥珀くんに見られてしまったという何とも言えない苦しい気持ちが混ざっている。
「雪兎、お疲れ様。どうかした?」
「琥珀く、いや好きな人が見に来てくれてるって、知らなくて。普段、僕は着ぐるみを被っていたから、中身をこんな感じで明かしてしまったことがなんか……」
(絶望されたんじゃないかって思うと、とてつもなく怖い)
青ざめた僕を見て、ひばり先輩は自信満々に言葉を発す。
「たまにはいいじゃん。逃げたって。人だからさ怖いものの1つや2つあるものよ」
ひばり先輩が背中をさすりながら安心させてくれた。それと同時に、覚悟を決めないといけないと諭されているようにも思えた。
「部長、裏出口に雪兎くんの出待ちが……」
「雪兎、逃げるわよね?」
「はい、逃げます」
「それじゃあ、演劇部諸君。雪兎を逃がすための作戦を決行します」
ニヤリとひばり先輩が笑みを浮かべると、部員たちも顔を合わせて笑顔で「了解」と言い放った。
「雪兎くんまだかなぁ」
「もしかしてクラスに戻るのかな?」
「まだ出てきてないしって、来たぁ!」
黒のマントをまとった背の高い人物と演劇部の裏方スタッフが、芸能人を庇うみたいな素振りでカバーしながら校舎の方に向かった。その後ろを出待ちしていたファンが釣られてついて行く。
黒のマントを身にまとった人物は、演劇部の雪兎と同じ身長の男子生徒が身代わりになってくれた。
僕は誰もいなくなった裏出口から隠れながら屋上へ向かうが、早々に身代わりだとバレたのか僕を探す女子が、校内にたくさん出現した。
僕はまるで鬼ごっこをしてるみたいに、彼女たちから逃げ回った。
「それじゃあ、何か案ある人は挙手してください。その後多数決取ります」
クラス委員の2人が仕切り、みんなしたい出し物を言われた通り挙手して言っていく。
お化け屋敷、メイド喫茶、コスプレ喫茶、劇、プラネタリウムなど様々だった。そして多数決の結果、クラスでは『衣装レンタル写真館』をすることになった。
衣装レンタル写真館とは、名前の通りコスプレ衣装の貸し出しと、装飾されたブースに入って好きなように写真が撮れる空間をの提供するもの、目玉はコスプレをしているスタッフ数名の誰かとチェキが撮れるイベントなんだとか。
衣装も手作りにするようで、貸し出し用とキャスト用の衣装を作らなければならないらしい。
残り時間は準備に当てられ、それぞれ衣装班、装飾班、企画班と3つの班に分かれて作業することになった。もちろん僕は衣装班だ。
「聞いてきたよー」
みんながしたい・着てみたい衣装の案を聞き、低予算で作るのが衣装班の仕事。クラス全員に着たい衣装を選んでもらい作成する。
「女子はメイド服を希望、男子は海賊や新選組とかが多いね」
「やっぱり男子と女子の好み分かれるね」
「やだぁ、大変そうー」
女子たちの言っていることには同意する。でも高校2年生の文化祭は今年しかないのだから悔いのないようにしたい。
「僕も協力するからみんな協力して頑張ろう」
みんなが耳を傾けてうんうんと頷いて言葉を受け入れてくれた。
「それでね、雪兎くんに着てもらいたいものがあって」
「でも僕、部活の劇で忙しくなるから着れないかもだよ」
「それでもいいの。作っていい?」
「着てくれるなら私たちも頑張って衣装作るから!」
囲んでくる女子たちの圧がすごすぎて、ダメだとは言いづらく頷くしかなかった。
先生に預かった予算で、布を買ったりフリルを買ったりと買い出しに来ていた。
裁縫ができる人を中心に集められた班だが、中には苦手な人もいる。そんな人たちは買い出しの荷物持ちとして手伝ってもらった。勿論僕も持ったけどね。
「買ったねー。明日から作り始めればギリギリ完成するかも。だから今日中に採寸を終わらしてしまおう」
僕たちは学校に帰り、2人1組でクラスメイト1人の採寸を行って全員終わるころには放課後になっていた。
まだ始まったばかりの文化祭準備、作業の手を止めて帰る人もいれば部活に顔を出しに行く人もいた。
僕も演劇部に寄って、メールで頼まれた追加衣装の制作をしなければならなかった。
「そういや、今日琥珀くんと会わなかったな」
お昼に空き教室に行ってみたが姿がなく、時間になってそのまま帰ってきて現在に至る。
「もしかして夏祭りのこと気にして会いに来なかったとかじゃないよね」
そうではないと言ってほしい。そうじゃないと頑張れそうになかった。
「ねぇねぇ、聞いた。2年4組の出し物」
廊下を歩いていると、残って文化祭準備をしている女子の会話が耳に入ってきた。
2年4組と言えば琥珀くんのクラスだ。何をするのかは琥珀くんから聞こうと思っていたけど、会う時間が取れていない今、当日までの楽しみだと思っていた。
「2年4組ね、メルヘンメイド喫茶をするんだって」
「えー何それ」
(え、何それ)
僕も彼女と同じ言葉が浮かんだ。メイド喫茶はまだわかるがメルヘンはどっから来たのだろうか。
「なんか、満場一致で琥珀くんを主役にする案が出たんだって。色々イベントを組むからテーマとして『メルヘン』を入れたって聞いたよ」
「あー、納得! 琥珀くん×メルヘン、絶対可愛いよね」
盗み聞きをしながら彼女たちの話に頷きが止まらない
「メイド服ってスカート履くのかな? それともジャージメイド?」
「あーどっちも捨てがたい! なんなら2日間分けて着てほしいよね」
(確かに、メイドだとスカートが膝丈だと似合うだろうし、ジャージにエプロンを着るジャージメイドも見てみたい)
女子たちの会話に混ざりたいのを我慢して、僕は部室へ向かった。
(可愛い琥珀くんがメルヘンな可愛いメイド服を着て……。ん? それは他の人にも狙われるってことになるんじゃ)
さっきまで嬉々としていたが、危険な状況に鳴ったと理解するにつれだんだん青ざめていった。
「琥珀くん、大丈夫なのかな」
心配だったけど、この日に会いに行こうと決めていた日程を全て準備に当てることになり、結局文化祭が終わるまで忙しく走り回ることになった。
昼休みになっても空き教室に行ける状態じゃなく、僕はいつまで経っても琥珀くんに会うことはできなかった。
◇
「うー、琥珀くんに会いたい」
「仕方ないだろう。あと1か月しかないのに衣装も3分の1しかできてねぇんだから」
僕が考案した『大きいサイズを作って細身の人が着ても調整できるファスナー』の取りつけをしていた。
衣装の大半は分担でいけるがファスナー部分は僕の専用担当となっている。そのせいで、次々とできあがっていく衣装が僕の下にやってきて、てんてこ舞いだ。
「休み時間返上はもう少し後でもいいのに」
「それだと本当に間に合わなくなるぞ。それに演劇部の方は持ち帰ってるんだろ?」
「ううっ、そうなんだよね」
演劇部も春に決めていた【呪われたウサギの王子と幸せを運ぶ姫】の台本がこの間配られたばかりだった。
内容を見る限り、完全なる恋愛ものかと思いきや中には面白く笑えるコメディ要素が入っていて楽しみな演目だった。
「ひばり先輩が頑張って脚本を書いたんだ」
「あの先輩すごいのな」
そう、ひばり先輩はすごくてカッコいい。僕も頑張る先輩に負けず頑張ろうと、家に持ち帰って追加衣装を縫っている。
こう思うと、前もって衣装の直しを頼んでもらえていたことに感謝したい。
(絶対一緒にしてたら、手も身も心もズタボロになってただろうな)
指示してくれたひばり先輩は、どこまで先を見据えているのか気になってしまう。
「程々に休憩して作業続けろよ」
「うん、そうするよ鷹也」
鷹也は自分の担当である装飾班に戻って行った。鷹也も忙しいはずなのに様子を見に来てくれているのを知れば誰だって好きになるだろう。
「お腹空いたから休憩しよう。購買って開いていたっけ?」
僕は鞄から財布を取りだして購買に向かった。
琥珀くんのクラスの前を通らなければ、購買に行けない。遠回りすれば行けなくもないが、こちらが近道だった。
(普段顔を隠しているから、気にせず通ればバレることもないだろう)
僕は2年4組の教室の中を見ながら通りたかったけど、我慢して前だけ向いて過ぎ去った。
「バレてないよね」
思ったより静かに準備していて、僕のクラスとは大違いだった。
購買で僕はなぜか残っていたいちごクリームパンを買って、中庭のベンチに座って食べた。
以前、琥珀くんからもらったクリームパンは幸せの味がしたけど、今はただ甘いだけ。
「琥珀くんに会いたい。どこにいるんだろう。あ、そうだ連絡すれば……」
僕は忙しすぎて連絡先の交換をしていたことを忘れていた。チャットを開いて、霜月琥珀に送った。
【琥珀くん、こんにちは。最近、文化祭の準備に追われてて会えてないね。時間作るから一緒にお昼食べない?】
送ったメールに返事が来たのは、夜9時くらいで【ごめん。文化祭終わるまでは俺の方も忙しくて時間とれなさそう】と端的に書かれていた。
「そうだよね、だってクラスの主役みたいだし……。文化祭一緒に回るのは無理かな。これで無理なら来年……」
未練がましくも僕は【そうだよね、忙しいならしょうがない! なら当日、一緒に回らない?】と送るがそれについての返事はなくて、そこで琥珀くんとの連絡は一時途絶えた。
さらに翌日から演劇部の練習に参加した。体育館の舞台上では練習をする部員と演出のひばり先輩が、出入り口近くの場所では大道具と小道具が協力してそれぞれの仕事をしている。
「背景向こう側持ってー。あっちに運ぶから」
「白のペンキどこ?」
「あっちにあった気がする。取ってこようか」
「ごめんお願い」
と演劇部の裏方メンバーもこぞって声を大きく出している。それはいつか舞台に上がりたいと思っている人がいるという意思表示に近いものだった。
「雪兎くん、衣装は順調か?」
「あ、ひばり先輩、これ付けたら全ての衣装完成です。あ、着ぐるみは今度持ってきます」
ひばり先輩とこうして2人になるのは、部室で寝ているところを仕方なく盗み見てしまった時以来。何も追及してこないということは、気づいていないかなかったことにしてもらえているのだろう。
「今年の文化祭は良いものができるだろう。そんな予感がする。雪兎が衣装を直してくれて助かった」
「僕のできることをしたまでです」
僕は男なのに裁縫ができてしまったことで、揶揄われ続けた。けどひばり先輩がこうやって僕を求めて認めてくれたから期待に応えたいと思った。
「雪兎」
「はい、ひばり先輩」
「雪兎は誰にこの劇を観てもらいたい?」
「え……」
「雪兎もこの劇を作った一員だからな。ちなみにわたしは、まどろっこしいことをしているとある2人に観てほしい」
まどろっこしいとは誰のことを指しているのだろうか。
(僕が関わったのは衣装だけ。だけどこの劇は、琥珀くんに観てもらいたいな)
「いい顔つきだ。さぁて、続きでもしますかね」
ひばり先輩は腕を上にして、身体を左右に揺らすストレッチをして疲れた身体を伸ばす。それほど観てほしい2人のために頑張っているんだろうなと伝わってくる。
「ひばり先輩、少しだけクラスの分もやっていいですか?」
僕は少しの時間でもいいからと言う意味で嘆願すると、なぜかひばり先輩は笑って「好きにしろ。雪兎の仕事は終わっているからな」と手を振って舞台の方に戻って行った。
◇
文化祭本番2日前、演劇部で事件が起きた。
「なんですってー!?」
体育館に着いた時、中から突然ひばり先輩の大きな声がした。何ごとかと思いみんながひばり先輩の周りを囲む。
「どうしたんですか、部長」
「何かやらかしてしまったんですか?」
心配で声をかける部員たち。ひばり先輩がボソッと何かを言うが、聞き取れなかった。
「……のよ」
「?」
「王子役が風邪に罹って、文化祭には参加できそうにないって連絡が来たのよ!」
「……ええぇ!?」
このタイミングで風邪は、ある意味呪われていると言っても過言ではない。王子は代役を立てるしかなくなるが、誰が演じることになるのだろう。
「部長、王子いなかったらこの話は成立しません」
「今からだとセリフも動きも半分くらいしか覚えれないのでは……」
「そうね。どうにかして代役を……」
静かに悩んでいるひばり先輩。悩んでいる人がよく見せる左右に動く行動を見せた。
そして、ハッと何かをひらめいたみたいでこちらを向いた。ひばり先輩は僕の方にズンズンと歩いて来て手を取り包み込んだ。
「雪兎、お願いがあるの」
このひと言で何か嫌な予感を覚えてしまった。周りにいた部員たちも「あー」と納得している。
「な、なんでしょう」
「王子の代役としてステージに出てほしいの」
(やっぱりそう来たか……)
僕は手が空いたときとに、王子役で練習に参加していた経験があり、台詞も覚えている。だから僕にお願いしてくるのだろう。
「でも、僕ステージには立たないって……」
「確かに約束したわ。でも私は、みんなが一丸となって作り上げたこの劇を多くの人に見てもらいたいの。顔を見せたくないと言うなら少し脚本や動きを変えましょう。どうかしら?」
心強い説得に僕は頷いた。先輩やみんなが頑張ってきたのを知ってるし、気持も痛いほどわかるから。
それからは時間との勝負で、衣装の丈を調整したり台詞を変えたりして、練習を重ねて何とか失敗しない程度のステージができるようになり、怒涛の2日間を終えた。
◇
そして文化祭当日。まだ始まってもいないのに楽しそうに騒ぐ生徒の声とは裏腹に、僕は緊張した時間を過ごした。
劇は午後からなので、午前中はクラスの出し物を手伝った。
「おはよう、準備あまり手伝えなくてごめんね」
「そんなことないよ! 短期間なのにクオリティーの高い服いっぱい用意してくれたし、助かっちゃった」
一緒に衣装班をしていた子たちから労いの言葉を貰うことができて、一安心。
「雪兎くん、前にコスプレ作ったら着てくれる? って聞いたよね?」
「そういえば言ったね」
「売り上げ貢献のために着てきてくれないかな? 私たち頑張って作ったの」
「わ、分かった」
光沢感のある黒の布地で作られた服を渡され、男子更衣室と書かれた教室で着替え2-2教室に戻った。
「あのーこれ着方あってるかな?」
「「「「きゃーーー!!!」」」」
耳が壊れるくらいの女子の悲鳴。中には倒れている人もいた。
「執事服が似合う高校生あんまりいないって」
「試しにさ、『おかえりなさいませお嬢様』って言ってみて欲しいんだけど……」
「かっけー。イケメンって着こなし完璧じゃん」
倒れてる人そっちのけで話を続けるクラスメイトたち。
「ちょ、大丈夫?」
「待て、お前はこっち」
介抱しようと手を伸ばしたが、鷹也に教室の外へ出されてしまった。幸いにもクラスの男子が倒れた子たちを保健室に運んで行ってくれた。
「どうして倒れちゃったんだろう」
「お前、無自覚にもほどがあるだろ。この際だからはっきり言うが、お前は昔から顔が良いんだ。だから女子たちにコソコソカッコいいとか言われるし、こうやって着てと頼んでくるんだ」
「え……?」
自分ではカッコいいなんて思ったことはない。どう見ても鷹也の方がカッコいいじゃんと心の中で思った。
「お前とつき合いたがっている顔目的の女子らがいるんだから、行動は自制して……」
「琥珀くんは僕をカッコいいと思って近づいてた?」
僕は鷹也に言われて初めて自分がイケメンなんだと知った。だからその分、琥珀くんも近づいてくる女子と同じような理由で話しかけてきたのではないかと頭によぎる。
「……知らね。だけど俺から見ればそういうんじゃなくて純粋に仲良くなりたいって感じだったぞ。だから安心しろ」
(琥珀くんのことを一瞬疑ってしまった。でも琥珀くんは僕の顔を目当てに近づいたわけじゃないって心の中では分かっているから、会えないのがもどかしい)
鷹也のひと言で疑う気持ちが晴れた。疑ってしまった罪悪感もありながらも、「早く会いたい」という気持ちが一気に心を染める。
「文化祭のどこかで、告白したいな」
僕は告白すると覚悟を決めてから教室に再び入り、午後の劇のことを話して仕事を振り分けてもらった。
僕は教室でキャストの役割を任された。何をするのかと言えばコスプレをしてお客さんとチェキを一緒に撮ること。
「そんなのでいいの? 衣装班だし、試着室周りでの役割の方がいいと思うんだけど……」
「それは向こうに任せるから、葉月と一緒に宣伝頑張ってくれ」
鷹也も普段着ないような系統のコスプレ衣装に身を包んでいた。多分、海賊と思われる服。目には眼帯を、腰には剣を吊るしていた。
「眼帯カッコいいね」
「似合うだろ。獅埜(しの)が来たら剣持たせてって催促してきて、振り回して喜ぶだろうな」
「目に浮かぶね」
身内話をしていると、一般会場の時間になりお客さんが続々と校舎内に入ってきて、一気に校舎の中も外も騒がしくなった。
「いらっしゃいませー。衣装レンタル写真館へようこそ! ゆっくりお選びくださいねー」
「すみません、こちらにお並びください」
クラスメイト達があちこち慌ただしそうにしている。助けたいけど、「雪兎と葉月はそこを動くな」と指示されていて動けない。
「1名様ごあんなーい。チェキ1枚お願いしまーす」
「いらっしゃいませ。お荷物はこちらにどうぞ。試着室はこちらです」
第1陣の衣装接客から第2陣のカメラ係へ、見事な連携プレーに感動した。
「チェキ撮られる方入ります。どうぞー」
カーテンが開くと衣装を着ている大学生くらいの女の人が入ってきたが、「きゃー!」と言って倒れそうになった。すぐに支えて「大丈夫ですか?」と声をかけると、「ふぁい」とふわっとした言葉が返ってくる。
カメラ係は容赦なくカメラを構えて、「では撮りまーす」と伝えるとすぐにシャッター音を立ててチェキを撮った。
客さんにでき上がったチェキを渡してお見送り。
「また来てくださいね。お待ちしてます」
「また来ますぅ」
その後も、シフト終わりまでチェキを撮ってお見送りの繰り返しがただひたすら続き、劇が始まる前に疲れて動けなくなりそうだった。
時間になり、僕は執事服から制服に着替えて体育館に移動した。バックヤードには、次に発表する演劇部の人達が集まっている。
「お待たせしました」
「あ、主役が来たわよ。ほら準備して」
裏方のメンバーが衣装やヘアメイクやらを手伝ってくれ、仕上げに4月からずっと共にいたウサギの着ぐるみを頭に被された。
「ふぅー、緊張してきた」
「大丈夫よ雪兎。みんなも。この日のために頑張ってきたんだもの。自信を持って行ってらっしゃい」
ひばり先輩が背中を押す言葉をみんなにかけた。その言葉はまるで魔法のよう。
『……さん、ありがとうございました。続いては演劇部の出し物です。題名は【呪われたウサギの王子と幸せを運ぶ姫】です』
アナウンスが体育館全体に響き渡った。ドキドキと心臓の高鳴る音が、外まで聞こえちゃうんじゃないかと思うくらい大きい気がする。
僕はドキドキしたままステージに立ち幕が上がり開演した。
「僕は呪われた王子。昔、魔女の反感を買ってしまい呪いがかけられた。人間に戻るにはどうしたら……」
『王子は頭だけウサギになってしまった姿を周りに知られたくなくて、お城の自室に閉じこもっていました』
「ここは隣国ね。美味しい物たくさんあるといいなー」
隣国の姫を演じるのは、部内1演技が上手く可愛らしい顔立ちの3年の先輩。僕が繕った水色のドレスをまとって優雅にお姫様を演じている。
『この姫様は“幸せを呼ぶ姫”と言われていました。どうしてそう言われるようになったのか、それは……』
話が進んでいくにつれ僕のセリフも行動も多くなり、舞台袖から出たり入ったり。
姫は可愛くて妖精のような見た目だとひばり先輩に聞いたことがある。それを聞いて思い浮かんだ人物は、琥珀くん以外にいなかった。
『王様の命令で王子様は、隣国の姫様と顔を合わせることになりました』
「はじめまして王子様。私は隣国の姫ですわ」
『姫はウサギ頭の王子様を見ても驚かず、いつも通り挨拶をしました。それに王子様は驚きを覚えました』
「あぁ、よく来てくれた。まずは旅の疲れを癒してくれ」
「あの、王子様。良かったら私とお友達になってくださいませんか?」
「え……? でも僕には呪いがかけられている。だから他の方と仲良くしたほうが……」
「私は、貴方がいいんです!」
『姫様は王子の手を握り必死に伝えました』
前にも同じようなセリフを聞いたことがある。
(確か琥珀くんと仲良くなった時、ウサギを被っていても気にしないって言ってくれて本当に嬉しかったなぁ)
「ひひひっ。あの姫は警戒心が無いようだ。王子と私の邪魔をしてくる姫をまず殺してやろうではないか」
『魔女は姫が好きなわたあめに毒を仕込みました。そしてタイミング悪くウサギ王子と姫が一緒に城下町へやってきてしまいました』
「わぁ、美味しそうなわたあめ。これ1つくださいな」
『姫が1口わたあめを食べると、喉の辺りを押さえて苦しみ倒れてしまいました。心臓に耳を当てると心音がしません。店主に姿を変えていた魔女は正体を明かすと、王子に言いました』
「姫を助けてほしくば、姫を探し出してキスをするんだな」
『魔女は姫を連れて煙と共に消え去ってしまいました』
「姫を助けに行かなければ。行くぞ」
舞台袖に捌けて舞台転換。魔女の城のシーンに入り、もう少しでクライマックスだ。
魔女と戦うシーンになりステージから客席を見ると、最前列に琥珀くんを見つけてしまった。
久々に琥珀くんを見た反動か、着ぐるみの中で顔が熱くなってきている。動揺してセリフが飛んでいきそう。
『魔女との戦いに勝利した王子は城の最上階へ上り、姫を探しました』
「こ、ここにいたのか、姫」
『魔女の城の一室で寝かされていた姫。王子は姫の頬に手を添えて額にキスをしました。すると姫は自国の魔法使いからかけてもらっていた奇跡で、蘇ることに成功しました。あとは王子の呪いを解くだけです』
「王子様助けに来てくれてありがとう」
「友達のためなら、当然です。あなたさえ元気でいてくれれば……」
『王子の健気な愛情に、姫は胸打たれました』
「私、本当は前から貴方に恋をしていたんです。でも関係が壊れるのが嫌で伝えられずにいました」
「僕も、貴方を慕っております。真っ直ぐ素直なところに心惹かれていました」
『2人の思いが通じ合い、キスを交わしました。すると王子の身体からキラキラした何かが浮かび上がってきました』
僕はこの後の“魔法が解けたら着ぐるみが取れる”という演出を中止したかった。琥珀くんが来るとは思っていなかったから。
ひばり先輩に中止してと言いたくても、遠すぎて通じるはずもない。
スポーン。
着ぐるみは引っ張られ、『予定通り呪いを解くことに成功した』の構図ができ上ってしまった。
「「「「きゃーーー!!!」」」」
教室同様、ここでも悲鳴が観客席のあちこちから聞こえてくる。
「あの王子ビジュ、やばぁ!」
「あとで声かけに行こうよ」
琥珀くんはどうなんだろうと一瞬だけ目を向けると、驚いた顔で見ている。対して僕はずっと違う意味でドキドキと心臓が音を立てていて、周りの歓声や相手の声が聞こえづらかった。
「呪いを解いたな。チクショー」
『力を失った魔女は小さくなって消えてしまいました。そして、王子と姫は国民に祝福されながら幸せに暮らしましたとさ。おしまい、おしまい』
幕が下りて演者の僕たちも舞台袖にはけた。何とか成功することができたという嬉しい気持ちと、琥珀くんに見られてしまったという何とも言えない苦しい気持ちが混ざっている。
「雪兎、お疲れ様。どうかした?」
「琥珀く、いや好きな人が見に来てくれてるって、知らなくて。普段、僕は着ぐるみを被っていたから、中身をこんな感じで明かしてしまったことがなんか……」
(絶望されたんじゃないかって思うと、とてつもなく怖い)
青ざめた僕を見て、ひばり先輩は自信満々に言葉を発す。
「たまにはいいじゃん。逃げたって。人だからさ怖いものの1つや2つあるものよ」
ひばり先輩が背中をさすりながら安心させてくれた。それと同時に、覚悟を決めないといけないと諭されているようにも思えた。
「部長、裏出口に雪兎くんの出待ちが……」
「雪兎、逃げるわよね?」
「はい、逃げます」
「それじゃあ、演劇部諸君。雪兎を逃がすための作戦を決行します」
ニヤリとひばり先輩が笑みを浮かべると、部員たちも顔を合わせて笑顔で「了解」と言い放った。
「雪兎くんまだかなぁ」
「もしかしてクラスに戻るのかな?」
「まだ出てきてないしって、来たぁ!」
黒のマントをまとった背の高い人物と演劇部の裏方スタッフが、芸能人を庇うみたいな素振りでカバーしながら校舎の方に向かった。その後ろを出待ちしていたファンが釣られてついて行く。
黒のマントを身にまとった人物は、演劇部の雪兎と同じ身長の男子生徒が身代わりになってくれた。
僕は誰もいなくなった裏出口から隠れながら屋上へ向かうが、早々に身代わりだとバレたのか僕を探す女子が、校内にたくさん出現した。
僕はまるで鬼ごっこをしてるみたいに、彼女たちから逃げ回った。

