赤面症ウサギは、小さなトラに恋をする

「鷹也、先に帰っちゃった……」
 琥珀くんの試合を見たあと、トイレ行っていた数分の間に鷹也は帰ってしまった。今日付き合ってもらってお願いごとも聞いてもらったし、強く責めることはできないけど置いて帰らなくてもいいとは思うんだ。
「僕も帰るか」
 ──ピロン。
 廊下に響いた通知音。チャット画面を開けると、琥珀くんからだった。
 内容は【今日は応援しに来てくれてありがとう! 声聞こえてたよ。それに差し入れも! 本当は一緒に帰りたいけど、それはゆっきーが赤面症克服できた時にね。それじゃあ、また明日ね】と書かれていた。
「あー、わざわざメッセージくれるところ好きだなぁ」
(琥珀くんは僕のこと友達だと思ってくれているんだろうな。だから僕も同じ気持ちでいなきゃいけないのに)
「ごめんね、恋心を持つ僕が隣にいちゃって。本当は弥生さんみたいな子といる方がいいはずなのに……」
 夕暮れの教室で僕は泣きたいのを我慢して、【試合カッコよかったよ。思わず見惚れちゃた】と返した。
するとすぐに【ゆっきーいるってわかってたからいつもより本気出したんだ。カッコいいって思ってくれたから頑張ってよかったかも】と返事がきた。
 楽しく会話するこの時間も、会って話せる愛しい時間も、降り積もる雪のように琥珀くんを好きだと思える、そんな生きていると実感できる時間(いま)を大切にしたい。
「琥珀くんに好きって伝えてみようかな」
 僕は何気なく言葉にしたが決意はまだ揺らいでいる。どうしても琥珀くんを傷つけて関係を終わらしたくないから。


      ◇

 時間が少しだけ進み、夏休み直前。夏も本格化していき、着ぐるみの中は外よりも猛暑となっていた。
「ゆっきー暑くないの?」
「暑いよ。この中って外より猛暑だよ」
「見てないから脱げばいいのに」
「休み時間だけだし大丈夫だよ。それより特訓しよう」
 僕は見つめ合う特訓で着ぐるみ越しだが長く見つめ合うことに成功して、次は手以外の身体のどこかに触れる特訓をしていた。
 触れられた時ビクッとしてしまうことが多い。顔が赤くなるのは一向に治ることなく、ただ精神の訓練をしているだけのような気もしてきた。
 それに琥珀くん夏服に変わって、袖から覗く細いけど逞しい筋肉がついた腕を出していてそれを見るだけでもドキッとなる。
「夏休み嫌だなー」
 琥珀くんが聞こえるくらいの小さな声量でぼやいた。
「どうして? 学校休みで、周りも喜んでる人の方が圧倒的に多いのに」
 かく言う僕も琥珀くんと会う時間が減るのが嫌で、夏休み反対派になりつつあった。
「俺の家、空手の道場をしているんだけどね。そこの練習に付き合わされるから学校にきている方が助かるんだよね」
「そうなんだね」
「それにこうやってゆっきーと話せる時間が1か月もないなんて、寂しくて泣くよ?」
 琥珀くんも同じことを思っていたなんて衝撃だった。
「僕も、同じことを思ってたんだ」
 思わず前のめりになって伝えてしまった。
(琥珀くんの反応はどうだろう。気持ち悪いとか思ってなかったらいいんだけど)
「ほんと! 良かったー、ゆっきーも同じ気持ちでいてくれて」
 心配とは裏腹に、琥珀くんは喜んでくれているように見えた。言ってみてよかったと僕は心から安堵した。
(あれに誘ってみようかな)
 僕は深呼吸をしてから、「琥珀くんは、夏休み用事ある?」と聞いてみた。
「特に遊ぶ約束してないから空いてるよ」
「それじゃあ、僕と夏祭りに行きませんか?」
 琥珀くんは唖然としていた。それもそのはず、誰が誘っても突然言われたら同じ反応が返ってくるはずだ。それに学校外で会うということは、素顔を明かすと言っているのも同じだから。
「あ、もし用事あったりとか既にいる人が誘ってる人がいるならそっち優先してもらって……」
「行く! 行くよ!」
 琥珀くんは前のめりに返事をしてくれた。勇気を出して誘ってよかった。
「あ、そうだ。これを渡したくて」
 僕は鞄から小さな包みを取り出して、琥珀くんに渡した。
「開けていいの?」
「もちろん、これは琥珀くんに渡したくて作ってたんだ」
 琥珀くんがラッピングのリボンを解いて中身を出した。琥珀くんの瞳に似た薄いピンクとレースで作った髪飾り。
 夏祭りに誘うことができたら渡そうと思って、だいぶ前から作っていた。レースだけじゃなく、小さな花も取り入れているから一目で琥珀くんだとイメージしやすいと思う。
 そして僕自身が薄紫色の糸でイニシャルを刺繍したハンカチも同封した。
「かわいいー! 本当にもらっていいの?」
「うん。前に渡したブローチはカッコいい系に寄っちゃってたから気になってて」
「そんなの気にしなくていいのに。あれも俺は好きだよ」
 笑顔の花が咲いている琥珀くんにつられて僕も笑顔になった。琥珀くんは髪飾りをじっと色々な角度から見まわしている。
(そんなに見られたら恥ずかしいんだけどなー。喜んでくれてるし別にいっか)
「ゆっきー、つけて?」
 琥珀くんは僕に身を委ねて背中を向けている。
 手が緊張で少し震えたけど、いい感じにつけることができたと思う。自ら相手を思って作った髪飾りを、僕の手でつけることができてとても嬉しい。
「できたよ」
「早く見たい。でも鏡ないしトイレまで行くの面倒くさい。そうだ、ゆっきー、カメラで撮って」
「え! 僕が撮るの?!」
「早く。俺はゆっきーからのプレゼントを堪能したいんだから」
 言われるがままに僕はスマホのカメラで写真を撮った。送った写真を見た琥珀くんの反応は最高のものだった。
「かっわいいー!! 本当に天才だよ、ゆっきー」
「ありがとう。喜んでくれて僕も嬉しい」
「これ、夏祭りにつけていくね」
「え、本当に?」
「うん。だから楽しみに……。ゆっきー?」
 僕は浴衣を着て嬉しそうに渡した髪飾りをつけた琥珀くんを想像した。可愛い姿を想像しただけなのに、思わず固まってしまう。
(実際に見たらそれはそれで理性を保っていられるか心配だな)
 琥珀くんに声をかけられて意識を戻す。
「え、あ、大丈夫。夏祭りへの楽しみが増えて喜びが」
 琥珀くんは声を出して笑っていた。本当により一層、夏休みがと言うより一緒に行こうと約束した夏祭りが一段と楽しみになった。


      ◇

 琥珀くんと夏祭りに行くと約束して数日経ったある日のこと。教室には1人物が押しかけていた。
「失礼します。ここに如月雪兎さんのクラスだとお聞きしたのですが、いらっしゃいますでしょうか?」
 やや聞き覚えのある声が手前の扉から聞こえてくる。クラスメイト1人が僕の元へ案内してきたのは、直接の面識のない弥生雛さんだった。
「あなたが、如月雪兎さんですね」
「そうですけど、何か僕に用事ですか?」
「用事と言うほどではありませんが、少々気になりまして。お顔が見れてよかったです。また来ます。失礼します」
 嵐のように去っていった弥生さんはとても不思議な人だった。

「確かこの前琥珀くんと試合してた子だよな、何がしたかったんだろうな」
「うーん、何か気になることあったのかな?」
 この時の休み時間は疑問の残るものとなった。
 その後も何度か遭遇する機会があったが、きちんと挨拶をしてくれるいい子だということはわかった。でも何がしたいのかわからず挨拶をするだけの期間が続いた。
 別日、廊下でまた遭遇し挨拶を交わした。そしてまた目が合っている。
「あの、弥生さんだっけ? 最近2年のフロアに来てるけど何かあった?」
「いえ、観察に来ているだけなのでお気になさらず」
 普段の僕なら自ら誰かに話しかけたりしないが、弥生さんにはどうしてだか自分から話しかけていた。
 弥生さんは琥珀くんと話すときは無邪気に子供っぽい感じがしていたが、今は警戒してツンとした口調で話しかけられている。
「先輩はカッコいいって言われますよね」
「え。そう、なのかな。あまり気にしたことがないからわからないかな」
「琥珀センパイは可愛いとカッコいいを兼ね備えた人なんですよね」
「うん、そうだね?」
(この子は、琥珀くんが好きなのかな。あれだ! 好きな人に近づかないでください、的なことを言いたいのか)
 だが弥生さんはそんなことを言うような雰囲気はなく、真剣な面持ちで僕に話しかけ続けた。
「琥珀センパイ、春頃から『ゆっきー』と言う方とお会いしているそうです。あなたですよね、如月雪兎さん」
「……え!?」
(なぜ僕だとバレたのかわからない。だって琥珀くんだって気がついていないんだよ? はっ、弥生さんは琥珀くんが好きだから引き離そうとしているのでは?!)
 頭が混乱して焦りだし、弥生さんに対抗するように余計なことを口走っていた。
「『ゆっきー』は僕だよ。でも、僕は琥珀くんが友達でいたいならそれでいいと思っているし、たとえライバルがいようが関係ないって思って……ます」
(恥ずかしい。何後輩相手にムキなってしまったんだ僕は)
 僕はスッと手を顔で覆い、しゃがんで縮こまった。バラされたらどうしようという考えがぐるぐる回っていた。
「そうですか。では失礼します」
「え? ……え?」
 弥生さんは特に追及することなく廊下の奥へと進んでいった。
 すぐに姿は見えなくなって、そこで口止めすることを忘れていたことに気がつき、「次会った時にでも」と思っていたが、それ以来彼女と会うことがなかった。


      ◇

 夏休みに入り数日が経った。今日は琥珀くんと約束していた夏祭りに行くことになっていた。
 母さんに夏祭りに行くと伝えたら、張り切って浴衣を用意してくれた。着付けは母さんがしてくれたが、髪のセットは軽くワックスをつけただけにしておいた。
 それに今日は『ゆっきー』の正体明かす覚悟で、着ぐるみを被らずありのままの姿で行くことにしている。
「忘れ物ないわね」
「財布、ハンカチ、ティッシュ、スマホ……。よし、忘れ物なし。行ってきます」
「行ってらっしゃい。楽しんでくるのよー」
 母さんに見送られて僕は神社に向かった。初めて履く下駄の音が住宅街に響きわたる。
 ──カラン、コロン。
 神社の近くまで行くと浴衣を着ている人が増えてきて、さっきまで聞こえていた下駄の音が、話し声などでかき消されていった。
「待ち合わせは鳥居の下で、って話だったよね」
 チャットのやり取りを見返しながら、集合場所に向かった。琥珀くんはまだ鳥居の下には来ていなかった。
「時間までまだあるし、ゆっくり待ってよう」
 僕は邪魔にならないところに移動して、琥珀くんに【先に着いちゃった。気にせずゆっくり来てね】とチャットを送った。
「あー! 雪兎だ!」
 名前と同時に強い衝撃が足にはしった。「なんだ?」と後ろを向けば、見知った顔がいた。
「獅埜(しの)。来てたんだ。鷹也は?」
「向こうで唐揚げ買ってる!」
「一緒に待ってないと迷子になるよ」
 獅埜は鷹也の年の離れた兄弟で、兄とは違い猪突猛進な一面を持ち、僕にも懐いてくれているとっても可愛い子だ。
 僕はすかさず鷹也に電話した。そしたら丁度買い終わったところで獅埜(しの)がいないことに気が付いたらしい。
 鷹也は櫓(やぐら)近くの場所にあった唐揚げの屋台にいたらしく、数分したらこちらにやってきて合流することができた。
「雪兎、こいつ見ててくれてありがとうな」
「全然。僕を見つけたから来ちゃったみたい」
「だって、雪兎みんなから見られてるもん。そりゃすぐわかるよ」
「え、そうなの?」
(今日の浴衣が合ってないとか、何かダメなところがあったとか? せめて何かひと言声かけてほしいんだけど)
 鷹也は獅埜(しの)に唐揚げの入ったカップを渡していた。美味しいと言う獅埜(しの)の隣で、浴衣に異変がないかチェックする。
「もしかして、霜月と約束してる?」
「そうだよ、よくわかったね」
「そりゃね。……顔見せるって決めたんだ」
「うん。少し緊張してるけど」
 僕はぎこちない笑顔を鷹也に見せる。鷹也は周りを見渡し、はぁとため息をついた。
「緊張しているところ悪いけど、顔見せるの今日じゃないほうがいいかも」
 どうして今日はダメなのか鷹也の言っている意味が分からない。頭の中をハテナで埋め尽くされていると、鷹也が顔にあるものを押し付けて渡してきた。
 それはウサギのお面だった。
「お面?」
 鷹也は出店で買ったというウサギのお面を僕の顔に着けた。
「なんで被らないといけないの? 僕、覚悟決めてるのに」
「雪兎、お前は色々な意味で目立つ。だから正体を明かすのは今日じゃない方がいい」
 色々な意味とはどんな意味なのだろうと思いながらも素直に従う。
「案外似合ってるじゃん」
「いや、着ぐるみとあんまり変わらないと思うけど。違うとしたら後頭部が出てるくらいの違いでしょ」
 そんな話を笑いながらしていると、獅埜はしびれを切らして鷹也のズボンを軽く引っ張って催促する。
「ねぇ、兄ちゃんおれ射的したい」
「あぁ、じゃあまたな雪兎」
「あ、うん。またね」
 鷹也と獅埜は手を繋いで鳥居の奥まで入っていった。中に入ったらまた会いそうな気もするな。
 鷹也から貰ったお面を顔に着けていると、視界が狭まっていて歩けるか不安になってくる。
(やっぱり外した方が……)
「あ、ゆっきー! お待たせ。わぁ、浴衣だ! あれ、今日はウサギのお面なんだね」
「琥珀くん」
 琥珀くんは来るなり浴衣を褒めちぎってくれた。この時母さんに心から感謝した。
 それに着けたままのお面にも触れてくれて安堵してしまった。
「僕も浴衣着て来たかったんだけど、稽古終わるの遅かったし可愛い浴衣じゃないから髪飾りだけになっちゃった」
 若干しょぼんとしている琥珀くん。元気付けたい一心で、「来年は可愛い浴衣を僕が作るからまた一緒に来よう!」と口に出していた。
 琥珀くんは「来年も……。うん! じゃあ、この髪飾りに合うのを作ってね」と笑顔で答えてくれた。
「じゃあ動き始めようか。楽しみだなぁ。ゆっきーはどこ行きたい?」
「僕はたこ焼き食べたいな」
「たこ焼きね。僕は焼きそば食べたい!」
 鳥居の中に入れば異世界に来たかのようににぎわっている屋台がずらっと並んでいる。
「あのさ、聞きたいことあるんだけど聞いていい?」
「どうしたの、改まって」
「さっきちょっと触れたからいいかなーと思ったんだけど、気になっちゃったから聞くね。そのお面は買ったの?」
 やっぱりツッコまずにはいられないらしい。
(僕だって一緒に回る人がお面を全部顔が隠れるスタイルで着けてきたら嫌だもん)
「これはさっき幼馴染に会って渡されたんだ。『お前は色々と目立つから』って、何がだろうね」
「え、無自覚……」
「ん?」
「何もないよ、その幼馴染みさんに感謝だね。もしゆっきーがそのままだったら、動けなかっただろうから」
 そう言われてもやっぱり意図が汲めずわからない。スッと教えてくれてもいいのになと僕は思った。
「あ、たこ焼き見えてきたよ。行こ」
 琥珀くんは僕の手首を掴んで引っ張っていってくれた。屋台に着けば自然と手は離れてしまった。なんだか少し寂しい。
(仕方ない。僕がたこ焼き食べたいって言ったんだし、食べ物だから離さないとどうにもならないよな)
 残念な気持ちになりながら、琥珀くんとシェアできる数のたこ焼きを注文した。隣に連なっている焼きそばとイカ焼きのお店でも買って、座れそうな近くの石垣のところで食べた。
「んー! 美味しい! なんで場所や状況が変わるとより美味しく感じるんだろうね」
 確かにと思いながら、僕も買ってきたものをお面の下から頬張った。もぐもぐと咀嚼している琥珀くんが可愛い。
 買ってきたものを全て食べ終わり、くじ引きやら射的などの遊びの屋台にシフトチェンジしようという話になった。
(琥珀くんと手を繋ぎたい。勇気を出して……)
「あの、さ」
 僕は琥珀くんに話しかけた。切り出し方から悪く、拙く言葉を紡いだ。
「ん? どうかした? もしかして足痛い?」
 気を遣ってくれている琥珀くんには申し訳ないけど、僕のお願いを聞いてもらえるようにこちらも必死で話した。
「琥珀くんが嫌じゃなければ、手を繋ぎたいなって」
「……」
 琥珀くんはしばらく黙っていた。
(何か反応してくれないかな。ダメならダメって言ってくれた方がいいんだけど……)
 琥珀くんの顔を見てみれば、少し赤くなっているような気がした。
「琥珀くん?」
「手だよね、いいよ。ゆっきー、下駄だから歩きづらいもんね」
「あ、そうなんだよね」
 この際理由なんて気にしない。手が繋げることができたら今日は成功だったと言える。そんな気がした。
「はい! お手をどうぞ」
「ふっ、それは琥珀くんが言われるやつだ」
 琥珀くんは可愛いお姫様みたいだから、クラスの女の子たちといるときに言われているのを見たことがあった。
「俺だってカッコよくお姫様をエスコートしたいの。だから今日はゆっきーがお姫様ね」
 琥珀くんのお姫様になれるなら本望だ。
「じゃあエスコートよろしくね、王子様」
 僕たちはこのやり取りで笑いあった。何気ないおちゃらけた時間だったけど、今日の中でも印象深い時間だったんじゃないかと思う。

 手を繋いだ僕たちは横並びになって歩いた。引っ張っていくでもない、並んで歩ける関係。そして歩いて着いた先には。
「よーし、ゆっきー射的できる?」
「昔に何回か。当たった記憶ないけど」
「俺はね、祭りに来たら絶対やるよ。勝負しようよ」
「当たったことないって言ったのに勝負? いいけど」
 射的屋のおじさんに2人分のお金を払って、銃と弾を受け取った。棚に並んでる景品は子供用のおもちゃやぬいぐるみだった。
「どれ狙おっかなぁ」
「僕、あのトラの子がいいな。琥珀くんみたいだから」
「……そう、なんだ。じゃあ、俺はウサギ。ゆっきーがいつもウサギ被ってくるから印象ついちゃった」
 名前にも兎が入っているからイメージはされやすいが、あだ名で呼んでいる琥珀くんからしたら着ぐるみの方が印象に残るのかとこの時感じた。
「じゃあ、先にぬいぐるみ落とした方の勝ちね。よーい」
 ──ガシャン。
 2人同時に銃の引き金を引きコルク弾を銃口に込めた。
「スタート!」
 ──パン、ガシャン。パン、ガシャン。
 狙って撃ってはいるけどもなかなか当たらず、琥珀くんは小さいお菓子の景品は数個取っていた。
 ──パン。
 僕の弾が狙いを定めたトラのぬいぐるみに当たる。だが当たっただけではダメで、落とさないと獲得にはならなかった。
 弾は残り数発、全神経を集中させて狙いを定め撃った。すると、弾が当たった小さな威力に押され、トラのぬいぐるみは後ろに落っこちて無事に獲得することができた。
 数分遅く、琥珀くんもウサギのぬいぐるみを取ることができた。
「あー負けた。悔しい」
「僕はたまたま運が味方しただけだよ。それに比べればお菓子とかの景品も取ってる
から琥珀くんすごいね」
「弾が意志を持ったみたいにあちこち変なとこ飛んで行って、勝手に落ちてきたんだよね。こんなには食べられないし、半分あげる」
 琥珀くんが取ったお菓子を分けてもらった。これは確かに多くても困るかも。
「次はどうしよう、金魚すくいでも行く?」
「そうしようか」
 射的の屋台までの間だけだと思っていたエスコート、自然な流れで再び手が繋がれた。
「確かこっちにあったはず……」
 琥珀くんは気づいていないのだろうか。それか、気づいてやっていることなのだろうか。
(今何も言わなかったら、ずっと手を繋いだままでいられるんだろうな。だからどうか、今だけは幸せな時間を過ごさせてください)
 僕は琥珀くんに何も言わず、切実な願いを込めながら1歩ずつ歩いた。

 それからは金魚すくいやヨーヨー釣りを楽しみ、また食べもの系の屋台に足を戻した。
 そろそろ満腹に差し迫った頃、「あれ、琥珀じゃん」と聞こえた。声の主は空手部のメンバーで、琥珀くんは繋いだ手を離して声のした方に近づいて行った。
「お前らも来てたんだな」
「なんだよ、俺らの誘い断っておいて誰と来てるんだ……。おい、大丈夫か?」
「何が」
「あんなウサギのお面被るヤツって怪しくねぇか」
「心配してくれてありがとう。でも勘違いしないで。この人は俺の友達だから安全」
 少し離れた距離にいたが、琥珀くんがフォローしてくれた声が聞こえてきた。1歩間違えれば琥珀くんのイメージにも関わるのに、僕を庇ってくれたことが嬉しいと思ってしまう。
「琥珀センパイはどこの屋台回りました?」
 聞き覚えのある声が聞こえた。そのグループの中で数人しかいない女子で、その子だけが浴衣を身にまとっていた。
(弥生さんも浴衣。とても似合っていて本当に可愛い……)
「センパイの持ってるウサギさん可愛いですね。私欲しいです!」
「ダーメ。これは俺の」
「いいじゃないですか」
「だったら小林に取ってもらえば? こいつ射的上手いから」
「だったら琥珀センパイが取ってください!」
 弥生さんはお構いなしに琥珀くんに引っついた。琥珀くんは離れようとしていたのを見ていたけど、僕の心の中で渦巻く嫉妬心が溢れ出そうになった。
(ウサギは俺だから、触らないで……)
 僕はスッと何も言わずに琥珀くんたちのいる場所を離れた。ただ僕は、この感情をぶつけたくなくて逃げた。
「ゆっきー? ちょ、どこ行くの。雪兎!」
(琥珀くんの声が聞こえる気がする。それに名前をちゃんと呼んでくれた気がしたけど、気のせいだよね)
 ひたすらに歩いていると手を掴まれ後ろに引っ張られた。手の先を伝っていくと、琥珀くんが息を荒くしている。
「ゆっきー、足早ぁ。はぁはぁ、急にどうしたの?」
「……」
 僕は場を離れた理由を一方的に琥珀くんに伝えて良いものなのかと悩んだ。口に出そうと動かすが、やっぱりどうなのかと思って沈黙を貫く。
「うーん、とりあえずこっち来て」
 琥珀くんに連れられてきたのは、屋台のある通りの賑やかさとは真逆の静かな茂み。周りとは違う空間は頭を冷やすのに丁度良く、少ししたら落ち着いてきた。
 ──ドンッ。
 琥珀くんが木に手をついてこちらを見上げている。かくいう僕は木と琥珀くんに挟まれている。いわゆる壁ドンをされている状態だった。
「で、何かあった?」
 琥珀くんは真剣な面持ちで心配してくれる。でも正直に伝えることができない。
「……なにも」
「何もないなら無言で離れていかないよね。正直に俺に話してみな。すっきりするかもよ」
(琥珀くんに伝えて良いのか、いやこのタイミングで言わないと一生意識していることに気づいてもらえない気がする。僕が琥珀くんをどう思っているのか)
 僕は覚悟を決めて話すことにした。
「さっきは、勝手に離れてごめん。なんか僕といる時とは違う琥珀くんを見てなんかこうモヤっとして。それに弥生さんだっけ、彼女が琥珀くんとくっついてたから嫉妬したみたいな……」
 琥珀くんといる中で1番と言っていいほど、顔も耳も赤くして言っている気がする。
「……そう。雪兎でも嫉妬するんだ」
 琥珀くんは低い声でボソッと話した。それに僕は敏感に反応して言葉を放つ。
「そりゃあ、するでしょ。今日は僕と来てるんだから……って、何言ってるの、僕。今言ったこと全部忘れてください」
 話すと決意したけど思ったこと以外のことも伝えちゃって、恥ずかしくて死にそうと思わずにはいられなかった。
「雛は俺のファンで後輩だよ、これからもその関係は変わらないから安心して。俺はゆっきーが……」
 琥珀くんがゼロに等しい距離をさらに縮め、紡いだ言葉の続きを言おうとしていた。だがそれよりも衝撃的なことが起きてしまった。
 琥珀くんが木の根に足を引っかけて躓いた。支えようと手を伸ばした僕もバランスを崩して、お面越しに唇が当たった。
「「え?」」

 その後の記憶はあまり覚えていなかったけど、駅で琥珀くんと別れてから帰宅したことは覚えていた。お風呂に入っている時もベッドに寝転んだ時も、あの光景が浮かんできて眠ることができなかった。
 嫉妬したと告白して気まずくなると危惧していたのに、それ以上のことがあったから、余計に次会いづらいと思ってしまった。
「……あ、夏休み中はもう会うことないのか」
 机の上に置いてあるカレンダーを見れば、新学期まであと半月残っていた。
 それまでに頭の中を整理して、自然に会えるようにする。それが僕の半月の目標になった。