0時のあいびき

 エリが印籠のように差し出すスマホ画面には、その検索結果が載っていた。

 「マジかよ…。」

 0:23

 ユウタはスマホで時間を確認して、長いまばたきをした、と言うより目をつぶった。

 「どうする? もし良ければ送るけど。」

 そう言う石井の後ろで、奥さんもうんうんと大きくうなずいていた。
 石井のアパートは朝陽駅からさらに進んだ美しが丘。まっすぐ向かっても20分ほどかかる。ユウタとエリは反対方向の美鳥方面だ。軽自動車の後部座席にはベビーカーが鎮座して、今もなお赤ちゃんは泣いている。

 「いや、お気持ちだけ。なんとかなるよ。」

 繁華街に反響するくらい大きめの声で返すユウタに、エリも大きくうなずいて同意する。

 「そう。悪いね。じゃあまた来週。」

 「お疲れさまです。」

 ユウタは大きく手を振って、エリは深く頭を下げて軽自動車を見送った。

 「大変恐れ入りますが、本日の営業は終了いたしました。」

 「あー。」

 ユウタとエリは、ほとんど電気が消えた繁華街で、タクシー会社を検索している。出てきたタクシー会社に電話をかけ続けているが、どこもこれ。あとはエリがかけているイルカタクシーだが…。

 「ダメでした。つながりません。」

 「マジか…。」

 ユウタはもう一度スマホを開いて「あぁ」と絶望のため息をもらす。

 「エリちゃん、家、どのへん?」

 「えっと。」

 エリは一度無音になり、ヒューっと細く口で息を吸って続けた。

 「中島通り、中島通り2番町です。」

 「なら歩いても30分くらいか。送るよ。」

 「え、そんなー。」

 「いや、危ないから。」

 なかなか歩き始めないエリを手招きして、ユウタは中島通りに向けて歩き始めた。

 *

 そんなバカな。笑。「終電」って0時過ぎでしょ。ここは街一番の繁華街・胡文町。1時くらいなんじゃないの?

 検索した結果はすぐに見せた。
 マジこの街、終わってる。

 「どうする? もし良ければ送るけど。」

 石井さんそう言うけどさ「お願いします!」って言ったら、奥さんどう思うわけ? この時間に赤ちゃん連れて迎えに来てるだけでアリエナイのに、反対方向のうちら送ってくとか。しかも座席一つしか空いてないし、荷物でいっぱいだし。

 「そう。悪いね。じゃあまた来週。」

 「お疲れさまです。」

 悪くねーし。早く赤ちゃん寝かせてあげて。奥さんに怒られませんよーにー。

 で、タクシーと。
 てかタクシー見つかったら本当に乗ってくの? ウチそんな金ねーし。え、小泉さんのおごり? おじさんとタクシー2人きりとかいいわ。それなら何時間かけても歩く。むしろ1人がいい。

 っとは思うけど、思うけど。

 「ダメでした。つながりません。」

 「マジか…。」

 マジなんす、マジ。そこそこ都会のはずなのに終電あとにタクシーもいない。この街マジ終わってる。
 あ、これでやっと1人になれる?

 「エリちゃん、家、どのへん?」

 マジか。それ聞く? 20歳そこそこの女の子がガチ住所教えると思う? これ、教えて家まで来られたら、「女が悪い」って言われるやつじゃん。

 「えっと。」

 えー、こんだけためても察してこないとか、大丈夫そ? もー、ドロボーになりたくないけど嘘つくしかないやん。

 「中島通り、中島通り2番町です。」

 本当はそこから2本くらい外れた学園町のコンビニ真横だけど。中島通り2番町なら大きいバス停近いから、ま、大丈夫かな?

 「なら歩いても30分くらいか。送るよ。」

 「え、そんなー。」

 いらない、いらない。全力でクビ振ってるのに全然察してくれないし。

 「いや、危ないから。」

 ちょっと年上の男と2人きりの方がよっぽど危ないんですけどー。もう、距離とって歩くしかないか。はぁ。

 エリは手招きするユウタに続いて、その半歩後ろをキープしながら歩いた。

 *

 「なんか、奥さんが『もう電車ない』って言ってんだけど。」

 石井に言われてスマホを見たとき、0:23をさす時計の下にはメッセージが5件たまっていた。

 「じゃあおやすみー。(0:00)」

 「ねえ、帰り、どうするの? もう寝るよー。タクシーでも拾ってください。(23:48)」

 「あーあ、終電行っちゃったね。今言ってくれれば迎えにいくけど、どうする?(23:14)」

 「映画おわった! ねえ、胡文駅って意外と終電早いらしいけど、大丈夫? もう駅向かってる??(22:57)」

 「ふー。家事終わった! ユウタは二次会とかかな? あと歯磨きしたら寝れるけど、ロードショー見てるね。(21:18)」

 全部ケイコから。そういえば歓迎会が始まってからここに至るまで、一度もスマホを開いていなかった。仕事モードでサイレントマナーにしてあるのが災いした。

 「マジかよ…。」

 0:23

 23分前といえば、ちょうどラーメンを食べ終わった頃か。あのときスマホを確認していれば。

 「どうする? もし良ければ送るけど。」

 いや、送ってもらえたら嬉しいけど、後部座席一つしか空いてないし。俺だけ送ってもらう、とはならないよなぁ。

 「いや、お気持ちだけ。なんとかなるよ。」

 (だから、エリちゃん、お前は乗ってくれ。)

 わざと大きめに、そういうつもりで言ったのに…。ウンウンって、お前も乗らねぇのかよ。じゃあおれ乗ってくぞ?

 「そう。悪いね。じゃあまた来週。」

 あー、言えなかったぁ。

 「お疲れさまです。」

 諦めの境地で大きく手を振って、ダメ元でケイコに連絡を入れた。

 「ねぇ、もしかして、まだ起きてる?(0:25)」

 すぐには既読がつかない。ゲームをやっているか、動画を見ているか、それとも寝ているか。
 返信がくる淡い期待はそっとしまって、タクシー会社の連絡先を調べた。

 「大変恐れ入りますが、本日の営業は終了いたしました。」

 「あー。」

 え? 5つもタクシー会社あるのに、みんながみんなこの時間に営業してないとか、ある?

 「ダメでした。つながりません。」

 「マジか…。」

 5軒目もつながらないとか、そんなことある? で、うちのケイコは、あぁこれは寝たやつ。20分経つのに既読つかない。終わった。

 「エリちゃん、家、どのへん?」

 うちは新美鳥だから歩くと30分くらい。通り道の新道とか学園町とかだとありがたいんだけど。

 「えっと。中島通り、中島通り2番町です。」

 「なら歩いても30分くらいか。」

 うわぁ、微妙に方向が違うやつ。でも中島通りに寄っても50分。こんな時間に女の子1人で歩かせるわけいかないし。

 「送るよ。」

 「え、そんなー。」

 「いや、危ないから。」

 こっちは1分でも早く送り届けたいんだから、早く歩いてもらえるかな? そのあと中島通りから美鳥まで20分くらい歩かなきゃなの、わかってる?