名前を奪われた少女は、妖神と共に誓いを抱いて歩む。ー名喪ノ帳帖ー

男性は、気を失っているのかなかなか起きなかったが、このまま説明せずに着いてしまうのもいけないと思い、蓮花は、優しく声をかけた。

「すみません。起きていただけないでしょうか」

蓮花の声に、男性は、ゆっくりと目を開けた。

「ん……?ここは?」

「初めまして。私はサクと申します」

咋花から一文字とった「咋」を別の読み方で「サク」というらしい。碧嶺から偽名を名乗るように言われていた蓮花は、そう名乗った。

「はぁ、どうも丁寧に。名は……あれ?思い出せないな」

男性は、困ったように、自分の頭をかいた。

「そうですよね。皆さん、初めはご自身の名が思い出せず、戸惑う方が多いそうです」

蓮花は、男性と握手をしながら、受け答えをする。しかし、今までの名喪人である島人たちと違う点が、目の前の彼にはあった。

「……何も、聞こえない」

蓮花は、握手をした瞬間、心の中で、そう呟いた。今までの島人たちは、たとえ名が曖昧でも、微かに、その名を囁くような声が聞こえていた。だが、目の前の彼からは、何も聞こえなかったのだ。

「こちらの舟で、貴方が今後暮らしていく島にご案内することが、私の務めとなっております」

何か質問等ございましたらお声がけください、と話をしながら、蓮花は、心の内は不安でいっぱいだった。男性の持つ、名が、聞こえなくなってしまっていたのだ。