碧嶺は、右手の掌を上向きに、前へ手を伸ばした。すると、そこに、ゆらめく本のようなものができた。これが先ほど聞いた、風顕映書なのだろうか。
足元の光を吸収しているようだった。左手で、まるで、見えない筆を持っているかのように動かし、彼は、先ほど、名を伝え違えていた者の、正しい名を綴っているようだった。
碧嶺は、その風顕映書を、長いこと見つめる。蓮花には見えないが、何かを映し出す書物なのだろうと、蓮花は、そう結論付けた。
蓮花は、集中して食い入るように見つめていると、碧嶺の手元から、光を放っていた風顕映書が、音もなく、霧のように消えていった。同時に足元の光も消え、風に靡いていた彼の御髪も、瞳の色も、普段の漆黒と墨色に戻る。角の色も、再び緑青色になった。
「まぁ、このようなことをしていたわけだけどね。もちろん、蓮花の分もあるよ。島人が増える度に記入するんだ。『霜霞国では記されない生きた証を残すために』と澄遥は言っていたらしい。」
碧嶺は、蓮花の隣に腰かけ、優しい声で語り始めた。
「僕は島人の彼らをいつか霜霞国へ送り返したいと思っている。帳制度で縛られている人々の輪から名喪人として放られた彼ら彼女らだけれど。いつの日か家族と共に、また幸せな未来を取り戻し、人生を紡いでいってほしいと思っているんだ」
蓮花は、その言葉に胸を打たれた。しかし、同時に、自分自身の不甲斐なさを感じた。



