名前を奪われた少女は、妖神と共に誓いを抱いて歩む。ー名喪ノ帳帖ー

残されたのは、蓮花と碧嶺、そして、雲人形のみ。

「蓮花、君は、先程の島人の名を知っていたね?」

碧嶺の声は、静かだが、その目は、蓮花の中に何があるのか、全てを見通しているかのように、鋭い光を宿していた。

「はい、桂凛音さんです。霞守家の中で、唯一、名喪人の私に優しくしてくださっていた方です。先ほどの挨拶で彼女の手に触れた際に、記憶が流れ込んできて、彼女で間違いないと確信したのです」

蓮花は、自分が感じたことを、素直に話した。碧嶺は、その言葉に、静かに頷いた。

「そうか。なにか、他に気になったことはあるかい?」

「そうですね……。少し、彼女の名が聞き取りづらかった点でしょうか?」

靄がかかったような、水の中で聞こえるような、ざわついた雑音が混じった中で、彼女の名が蓮花には聞こえていた。その音は、蓮花の心に、一つの疑問を投げかけていた。

「わかった。ありがとう。それでは、天閣へ行こうか」

碧嶺が言うや否や、雲人形は、肩から飛び降り、元の白い雲へと姿を変えた。碧嶺は、躊躇いなく、すぐに雲に乗り込む。蓮花は、先ほど落ちたときの恐怖を思い出して、なかなか乗れずにいた。

蓮花を置いて、進もうとする雲を、碧嶺がなだめ、蓮花へ、優しく手を伸ばす。

「ほら、こちらへおいで」

その手に、蓮花は自分の手を重ねた。雲は、行きよりも安全に進んでいたが、碧嶺が隣にいる分、蓮花は、違う意味で心臓が飛び出るかと思っていた。