名前を奪われた少女は、妖神と共に誓いを抱いて歩む。ー名喪ノ帳帖ー

「すまない、蓮花。天閣は自由に位置を変えることができないんだ。早く着く方法もあるにはあるのだが。目をつむってくれるかい?『良いよ』と言うまで、目を開けてはならないよ」

不意に、後ろから碧嶺の声がした。階段を上る音さえ立てていなかった彼の声に、蓮花は、自分が一人ではないことに安堵した。見たら怖くなるかもしれない。そう思い、蓮花は振り向くことなく、言われた通りに目を閉じた。

視界が閉ざされると、風の音だけが耳に残った。冷たい風が、蓮花の頬を撫で、髪を揺らす。そばを何かが通り過ぎたような気がした。

「両手を伸ばして」

蓮花は、目を開けずに、手探りで手を伸ばした。すると、コツリ、と手の甲に何かが当たった。

「掴んで」

蓮花は、言われた通りに、その何かを握った。それは、ひんやりと冷たい。両手でしっかり握ろうとすると、碧嶺の声が聞こえた。

「右手はもう少し右」

蓮花は、見えない視界の中で、右手を右へ動かし、再び冷たい何かを探した。

「しっかり掴まっていてね」

碧嶺の声が、蓮花のすぐそばで聞こえた。

そういうやいなや、蓮花の体がふわりと浮いたような気がして、喉の奥がひゅっと鳴った。足元から階段が消え、蓮花は空中に浮いている。