名前を奪われた少女は、妖神と共に誓いを抱いて歩む。ー名喪ノ帳帖ー

お互いに発した自身の名は、澄んだ空気の中で、音の波のように響き合い、やがて混ざり合った。そして、二つの紋様が、淡い光となって生まれ、お互いの薬指に吸い込まれていった。光は、薬指の上で、淡く輝くと、まるで最初から何もなかったかのように消えていく。

「これで通れるはずだよ」

碧嶺は、蓮花の手を優しく離し、幻衣を指差した。蓮花は、もう一度、恐る恐る手を伸ばした。蓮花の手首から先が、幻衣の向こう側へ、すぅっと消えていった。幻衣と手首の境目には、水面に石を投げ入れたときのような波紋が広がっている。先ほどまでは、弾力があり、指先を押し返していた力も、一切感じない。むしろ、幻衣の向こう側から、蓮花を呼んでいるかのような、引力さえ感じた。

自身の身体が幻衣を通るとき、トプン、という、水に飛び込んだかのような音が聞こえた。

すぐに碧嶺も幻衣を通ってくる。

「わぁ......!!」

蓮花は、目の前に広がる光景に、息をのんだ。ただ草木が生い茂るように見えたのは、幻衣に映し出されていた、偽りの景色だった。

蓮花は、空に浮遊する森林や、空の道が、いくつも交差する、幻想的な領域で息を飲んだ。木々は、根を張る場所もないのに、しっかりと空中に浮かんでいる。その光景は、あまりに非現実的で、蓮花は、これが夢ではないかと、自分の腕をつねってみた。