名前を奪われた少女は、妖神と共に誓いを抱いて歩む。ー名喪ノ帳帖ー

「霜霞国となる前、各国で信じ崇め奉っていたものがあっただろう?何だったか──そう、霊神。それが、妖神だ。そして蓮花、お前が行くのは、翠嶺島だな。本来なら、──いや、やめよう。妖神も島人も、いいやつばかりだからな。ってことで、俺はここまでだ。あとは、碧嶺!」

久惔は、そう言い残すと、片翼を振った。火の粉が散り、蓮花は、思わず身をすくめた。だが、その心配をよそに、久惔の炎が地面の草木たちへ燃え移ることはなかった。

「行こう、蓮花」

そう言って蓮花の手を取ったのは、頭に角の生えた人だった。その角の色は、あの日、蓮花の名前を呼んでくれた青年の、緑青色になった瞳の色と同じだった。

蓮花は、その懐かしい色に、目を見張った。胸が高鳴る。彼は、優しく蓮花の手を引くと、ゆっくりと歩き始めた。後ろを振り返ってみると、もうそこには、久惔と、蓮花が乗っていた舟はなかった。まるで最初から何もなかったかのように、ただ、暗い水面が広がっているだけだった。

碧嶺の歩みは、蓮花に合わせてくれているようで、心地よかった。蓮花は、その歩みに身を任せながら、この旅の先に、何が待っているのか、期待と不安を胸に、ただひたすらに歩き続けた。

岸から、5分程度もなかったであろうか。碧嶺は、蓮花に合わせるようにゆっくりと歩みを進めていたが、ある場所で、ふと歩みを止めた。