名前を奪われた少女は、妖神と共に誓いを抱いて歩む。ー名喪ノ帳帖ー

むしろ、蓮花の立場を慮ってくれ、答えやすいように会話を振ってくれる、優しい人だった。彼の隣にいると、蓮花は、自分がここにいても良いのだと思えた。

「両名、手を」

祈父の重々しい声が、静かな祈舎の庭に響き渡る。婚約の儀は祈舎の庭で、結婚の儀は神楼の庭で、というものが霜霞国の慣習らしい。事前に手順の説明を受けさせてもらうことはできなかったが、蓮花は、この日を迎えることができた。祈父の言葉に従っていれば、きっと大丈夫だ。そう、蓮花は自分に言い聞かせた。

私を気に入ってくださった男性は、祈父に手を伸ばすと、淡い光が彼の指先から放たれ、光の文字が浮かんだ。それは、彼が人であることを証明する、揺るぎない証だった。

次は、私の番だ。

彼と祈父の視線が、蓮花に注がれる。蓮花は、その視線に、まるで凍り付いたかのように動けなくなった。

どうすればいいのだろうか。

私は名喪人だ。帳に名を記すことさえできなかった。だから、祈父に手をかざしても、文字が浮かぶとは限らない。もし、文字が浮かばなかったら、彼に、そして彼の家族に、自分の正体がばれてしまう。この儀には、彼のご家族の方も在籍している。もし、自分が名喪人だと知られたら、どうなるのだろうか。