名前を奪われた少女は、妖神と共に誓いを抱いて歩む。ー名喪ノ帳帖ー

そんな7年もの前の出来事を蓮花は昨日のことのように鮮明に思い出すことができる。
今でも両親の置手紙は常に持つことにしている。肌身離さず持っていれば、奪われることもないからだ。

蓮花は今、井戸水のみ使用することを許されている。屋根裏部屋のような薄暗く、窓もないところが蓮花の部屋であった。壁は冷たく、夏は蒸し暑く、冬は凍える。太陽の光が差し込むことはなく、蓮花は、空の色も、風の匂いも、この部屋の中では感じることができなかった。

冷たい井戸水を汲み、顔を洗ったあとは、誰も起こさないように、忍び足で屋敷の中を歩く。使用人さえ、まだ寝静まっている時間。蓮花は、この静寂の中で、一人、日々の仕事を開始する。仕事と言っても勤給は発生しない。

蓮花は湯を沸かすために、台所へ向かう。かまどに薪をくべ、火を起こす。パチパチと燃える薪の音が、静寂の中で心地よく響く。蓮花は、その小さな音に耳を澄ませることが好きだった。

皇帝と王妃、そして皇女。3人分の朝餉を作り、卓へ配膳しておく。湯気の立つ味噌汁、炊き立てのご飯。それらを丁寧に配膳しておく。

その後は、ただ黙々と、屋敷の掃除をするのみ。床を拭き、窓を磨き、庭の落ち葉を掃く。蓮花は、この屋敷の隅々まで、まるで自分の体の一部であるかのように知っていた。もう昔のように迷うことはない。