筆光がまだほの暗い空の裾に広がる時間。夜と朝の狭間で世界が静かに息を潜めているような時間帯。

王城の中で、いや、おそらく霜霞国の中で唯一の名喪人である渓科 蓮花は、冷たい井戸へ向かう。朝露でしっとりと湿った石畳を、裸足で歩く。その冷たさが、蓮花の心を鎮める。あの日、帳殿に置き去りにされ、名喪人となったあの日から、蓮花は王城ではなく、この隅の部屋で暮らすことを余儀なくされていた。

あの日、何とか王城に戻るも城門が閉じられており、子供の蓮花の力ではびくともしなかった。
戻らない蓮花を両親は心配するであろうが、皇女か王妃かが戻らない理由をでっちあげて話したのだろう。
翌日の3日目には桔梗と王城の料理人が作ってくれるという絶品の美味しいお菓子を食べる予定だと初日に聞いていたのに、桔梗は部屋から一歩も出てこなかった。
それにいつもの意地悪な使用人も桔梗の部屋の前に立っていなかった。

おかしいと思いながらも、他の使用人には声をかけることができなかった。
凛音さんなら知っているかもと探したものの見つかることはなく、諦めて部屋に戻ることとした蓮花。
もう両親は仕事で部屋を開けていていなかった。

机の上には両親からの手紙が置かれてあった。
『蓮花、皇女とは仲良くできてる?無理しなくてもいいからね。蓮花のことが一番大切よ。』
『皇女とお泊りしたんだってな。明日のお昼までは王城にいるからたくさん遊びなさい。』