名前を奪われた少女は、妖神と共に誓いを抱いて歩む。ー名喪ノ帳帖ー

紙からは、ほのかに墨の匂いがする。

「お嬢さんが話していた咋花の模写だよ。」

彼は、蓮花だけに聞こえるように、小さな声でそう呟いた。そして庭師の男性は、目の前にいる桔梗に気づき、慌てて深々と頭を下げた。
桔梗は、その様子を、冷たい目でじっと見つめていた。

「こんな汚らわしいやつと会話をするなんて、程度が知れているわ」

桔梗は、顔を背け、蓮花にそう吐き捨てた。その声は、蛇のように冷たく、蓮花の心にまとわりつく。続けて、早く行きましょうと、使用人たちに促した。

蓮花は、驚きすぎて、何も言葉を返すことができなかった。この王城の庭は、庭師の人たちがいてこそ、この美しさを保てている。日々太陽の下で、汗水を流しながら、一心に働いてくれている人々。そんな彼らを、汚らわしいと言い放てる皇女の言葉に、蓮花の理解は追い付かなかった。

庭師の男性は、桔梗の言葉を聞いて、悲しそうに、そして悔しそうに微笑んだ。その表情は、蓮花の心をさらに締め付ける。

「お嬢さんが気に病むことはないから」

彼は、再び蓮花だけに聞こえる声で呟き、蓮花の背中を軽く叩いて「行きなさい」と伝えてくれた。その手は、まるで蓮花をそっと押して、未来へと送り出すかのようだった。

うしろ髪を引かれる思いはしていたけれど、蓮花は、庭師の男性に言われた通り、3人を追いかけることにした。