名が記されること、それは人として生きるための最低限の条件。
霜霞国では、誰もが幼い頃からその儀式を夢見ていた。国の中心にそびえ立つ、巨大な構造物──帳殿。王城の次に大きな王妃宮や皇女宮。それらに次ぐ大きな帳殿では、名の登録の儀を行う。帳の表面に手をかざせば、触れることはなくとも、筆がその者の名を刻み記す。そして、その者は帳に名を得て初めて“人”として認められる。それは、祝福であり、証明でもあり、そして何よりも、人として生きるための希望であった。だが、もし名が記されないならば、あるいは帳から名が消えたならば、その者は人ならざる者──名喪人となる。
蓮花にも名はあった。
生まれ育った土地で、両親がつけてくれた大切な、何度も呼んでくれた名。蓮花は名前を呼んでもらえることが好きだった。
朝、微かに湿った朝露の匂いがする寝床で、母が「蓮花、起きなさい」と、優しく、しかし確かな力で肩を揺すりながらかけてくれる声。その声に返事をして、身を起こすたび、蓮花は朝日を浴びたように温かい気持ちになった。
夜、竹笛の素朴な音色が遠くから聞こえてくる中で、父が「蓮花、おやすみ」と、ごつごつとした指先で、しかし、深い愛情を込めて頭をなでてくれる。その手から伝わる温もりが、蓮花にとっては何よりも大きな安心感を与えてくれた。
霜霞国では、誰もが幼い頃からその儀式を夢見ていた。国の中心にそびえ立つ、巨大な構造物──帳殿。王城の次に大きな王妃宮や皇女宮。それらに次ぐ大きな帳殿では、名の登録の儀を行う。帳の表面に手をかざせば、触れることはなくとも、筆がその者の名を刻み記す。そして、その者は帳に名を得て初めて“人”として認められる。それは、祝福であり、証明でもあり、そして何よりも、人として生きるための希望であった。だが、もし名が記されないならば、あるいは帳から名が消えたならば、その者は人ならざる者──名喪人となる。
蓮花にも名はあった。
生まれ育った土地で、両親がつけてくれた大切な、何度も呼んでくれた名。蓮花は名前を呼んでもらえることが好きだった。
朝、微かに湿った朝露の匂いがする寝床で、母が「蓮花、起きなさい」と、優しく、しかし確かな力で肩を揺すりながらかけてくれる声。その声に返事をして、身を起こすたび、蓮花は朝日を浴びたように温かい気持ちになった。
夜、竹笛の素朴な音色が遠くから聞こえてくる中で、父が「蓮花、おやすみ」と、ごつごつとした指先で、しかし、深い愛情を込めて頭をなでてくれる。その手から伝わる温もりが、蓮花にとっては何よりも大きな安心感を与えてくれた。



