名前を奪われた少女は、妖神と共に誓いを抱いて歩む。ー名喪ノ帳帖ー

蓮花は王城で過ごした経験などないのだから、王族にどう接するべきかなど、わかるはずがない。それでも、待たせてしまったことは悪いことだと思い、急いで着替えて、皇女さまの部屋へと向かった。昨日、迷子になって凛音に両親の部屋まで送ってもらっていたときに、皇女である桔梗の部屋までの行き方は教えてもらっていた。

すれ違う使用人たちが、蓮花のことをどう見ていたかなんて気にも止めず、ただひたすらに走った。彼女の心には、「早く行かなければ」という焦燥感と、そして、「今日こそ桔梗と仲良くなりたい」という純粋な願いだけがあった。

皇女さまの部屋の前に着くと、扉の前に先ほど蓮花を叱責した使用人が立っていた。彼女は、まだ怒りの熱が冷めやらぬかのように、眉間に深い皺を刻んでいる。蓮花が息を切らして駆け寄る姿を捉えるなり、その目に憎悪の光を灯した。

「ずいぶんと遅かったようですけど」

声は低く、そして冷たい。蓮花は何も言えず、ただ肩で息をしている。使用人は、顔を上げた蓮花の姿をみると、目を大きく見開き、信じられないものを見るかのようにゆっくりと近づいてきた。そして、片腕を大きく振り上げ、蓮花がとっさに目をつぶった瞬間、乾いた、嫌な音が響いた。

パチン、と。

続いて、頬に熱い痛みが駆け抜ける。蓮花は、あまりの衝撃に言葉を失った。