名前を奪われた少女は、妖神と共に誓いを抱いて歩む。ー名喪ノ帳帖ー


蓮花は、碧嶺の腕の中で静かに涙を流した。それは、喜びと安堵の涙だった。彼女は深く頷き、碧嶺の背中に手を回し、しっかりと抱きしめ返した。

「はい、私も碧嶺さんが好きです。夫婦となりたいです。」

2人の間に、もう言葉はいらなかった。ただ、互いの温かさを感じ、この星空の下で永遠を誓うことだけが、全てだった。

「蓮花のおかげで多くの人々が救われた。見返りがなくとも、人々のために突っ走る。周りを巻き込み幸せの和を広げている。」

「いえ、私は既に見返りをいただいています。碧嶺さんが私を想ってくださっている今です。それに皆さんとてもいい人たちばかりで、私はそんな皆さんに囲まれて幸せ者なんだと思います。」

「であれば、望みがあればいつでも言ってほしい。」

「はい。分かりました。」

今はまだ言えない。けれど、人々が自分たちの暮らしを取り戻したとき、言えたらいいなと思っていることが蓮花にはある。

(もっと一緒にいる時間をつくりたい)

今のままで充分だけれど、それでも多くのことを望んでしまう。
欲張りすぎて幸せをこぼさないようにひとつひとつ大切に日々を過ごしていきたい。
今後は正真正銘、碧嶺の隣で。

「では、改めて正名で霊誓紋を刻もうか」

「はい」

この詞を聞くのは2度目だけど何を言っているのかやはり聞き取ることはできなかった蓮花。

「碧嶺」

「羽守 蓮花」

そして2人は、にこやかに、晴れやかに、みんなの待つ場所へと戻ろうとした。
碧嶺が蓮花を引き留めなければ。

「蓮花。少し目をつむっていてくれるかい?」

大人しく蓮花は目をつむった。
何をされるかわからない中、碧嶺が蓮花の片手を握った。
そしてもう片方の手を頬に添える。

そして不意に、唇がふさがれた。
碧嶺の手は冷たいのに、唇は熱い。
いや、自分の唇が熱いのか。
全身がドキドキしている蓮花は心臓がもうひとつほしいと思うくらいだった。