名前を奪われた少女は、妖神と共に誓いを抱いて歩む。ー名喪ノ帳帖ー

その日は、雨が降っていた。天が零す慈しみの恵みのようで、蓮花は雨が好きだった。降り注ぐ雨の音に、自身の心臓の鼓動や呼吸のリズムが同調するように思え、漠然と安心してしまうのだ。

蓮花がまどろんでいる中、突如として、桔梗が正気を取り戻した。しかし、彼女の心には、蓮花への憎悪と、復讐心だけが残っていた。奴紋を破り、自身を傷つけ、逆らった蓮花を、彼女は赦すことができなかった。

「この名喪人……っ!お前が、お前さえいなければ!幸せそうに微笑むな!私を憐れむことなど許せるものか!!私が葬ってやる……!」

桔梗は、狂気に染まった目で叫んだ。桔梗の持つ刃物には、どす黒い怨念が巻き付いており、それを蓮花に向かって振り下ろした。

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ベッドの上で一人、静かに横たわっていた蓮花。夢の心地よい静けさに、まるで深い森の奥にいるような安らぎを覚えていた。

薄暗い木漏れ日、土の匂い、そして遠くから聞こえる川のせせらぎ。そこは、かつて両親と暮らしていた頃の森そのものだった。

「お母さん……お父さん……」

寝る前に父が頭をなでてくれる、その優しい手に、蓮花は手を重ねようと伸ばした。しかし、その手は虚しく宙を切るだけで、父親に触れることは叶わなかった。

そして蓮花の耳に、窓を叩く雨音とともに、自身を呼ぶ声が聞こえてくる。
しかしその呼びかけに蓮花は答えることなく、夢の父親の手のぬくもりを思い出しながら、その安らかな音に身を委ねようとした。

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