名前を奪われた少女は、妖神と共に誓いを抱いて歩む。ー名喪ノ帳帖ー

「妾の名は黛黯。かつての氷環国の妖神である」

「初めまして。蓮花です」

緊張した面持ちで、蓮花は彼女に頭を下げた。顔を上げると、蓮花のことを頭の先から足元まで、上から下へ、品定めするように視線を動かす。

「妾がこちらに長いこと居ると、島人にも迷惑であろう。名はなんと申したか……まぁよい、ついて参れ」

天閣から出た黛黯を、蓮花は雲覇の移動雲に乗って追いかける。碧嶺や久惔もついてこようとしていたが、黛黯は、鋭い眼差しで2人を一喝した。

「これは女と女の話である。男はついて来るでない」

黛黯は、幻衣を抜け、そのまま舟着き場のその先へ、足を延ばした。蓮花は呼び止めようとしたが、目の前の光景に息をのんだ。なんと、黛黯は水面の上に立っているのだ。

「それを降りて、早う参れ」

「はいっ!」

蓮花は、恐る恐る舟着き場から足を下ろした。

気を抜けば滑りこけてしまいそうなほど、不安定な表面だった。足元がおぼつかず、よろめきながらも、蓮花は黛黯のもとまでたどり着いた。

「お主は霜霞国を復興しようとしておるのであろう?それはどういうことかわかっていてのことか?」

黛黯は、静かに蓮花に問いかけた。

「帳に縛られていた人々が過去を思い出して解放されたのです。彼らの故郷だった場所を、どうにかして取り戻すことが、いけないことですか?」