名前を奪われた少女は、妖神と共に誓いを抱いて歩む。ー名喪ノ帳帖ー


「いえ、違います。久惔に碧嶺さん、凛音さんが霜霞国で過ごしていた頃の記憶を取り戻したそうです」

蓮花は、自分が凛音から聞いたことを、漏らすことなく、2人に伝えた。

蓮花の話をすべて聞き終えた碧嶺は、無言で立ち上がると、身を翻して自室を出た。その背中には、深い怒りが宿っているかのようだ。蓮花は、久惔と共に、その背中を追いかける。

たどり着いたのは、一つの部屋の前。そこは、普段の天閣の穏やかな雰囲気とはかけ離れ、物々しい空気に包まれていた。

「厳重な結界を施しているので」

そう告げると、碧嶺は蓮花には聞き取れない言語で、詞を唱え始めた。久惔は、その言葉を理解できたのか、「おいおい、厳重すぎだろ」と、ぼそりとつぶやいた。

結界が解かれ、扉が開く。その部屋の中にいたのは、絵描きの男性だった。彼の顔は、不安と恐怖で引きつっている。

彼の前に立った碧嶺は、重々しく言葉を口にした。

「そなたの名はなんだ」

「斎と申します。姓はございません」

「ならば問う。そなたの罪を、余すことなく告げよ」

蓮花は、初めて見る碧嶺の姿に、息をのんだ。怒りを抑えているようで、彼の瞳は、両目とも赫色に染まっていた。