「そなたの妻は、確か左大臣の娘だったか。」

帝・彰親は、杯を傾けながら隣の高頼へと目をやった。

まるで気まぐれに風を撫でるような口調だったが、その瞳はどこか鋭く冴えている。

「はい、左大臣殿がどうしても貰って欲しいというので。」

高頼は苦笑混じりに答えた。形式上は政略結婚。

未来の右大臣と目される男には、誰もが羨むほどの良縁だった。

だが――帝も知っている。

高頼には、密かに想いを寄せ通う女がいたのだ。

「……それで、お前が本当に抱いているのは、どんな女だ。」

帝の声は静かだったが、どこか挑むような響きもあった。

高頼は杯を回し、わずかに笑う。

「大人しい女ですよ。目立つこともせず、誰に媚びるでもない。……でも、不思議と忘れられない女です」

その言葉に、帝はひととき目を伏せる。

――女とは、そういうものか。

まだ、自らの心を射抜く「誰か」に出会っていない帝は、ただ静かに酒を飲み干した。