「なっ……なっ……!!」

紅龍様が怒りで震える中、私はイチかバチかで茨鬼君をぎゅうぎゅう抱きしめる。
茨鬼君は耳まで赤くなって目を回していたけど、構わん!
私は紅龍様に真っ向から歯向かった。

「頑張ってくれた仲間を大事にしてるだけなのに、浮気浮気って色恋ネタにされたら、いくら推しでも嫌になりますよ! 推しのことは大好きですけど、私が『ソレどうなの?』って思うことまで曲げて従う全肯定botにはなりませんから!」
「!」
紅龍様がガーン! とダメージを受けているように見えた。

けど私は紅龍様の横を通り過ぎ、茨鬼君を背負うようにして入り口に向かう。

すると紅龍様に腕を掴まれた。
振り返ると、紅龍様は目元を片手で押さえており、首を振った後に溜息をつく。

「……わかった」

何がわかったのかと紅龍様を見つめると、彼は降参したように両手を肩のあたりまで上げる。

「……私にとって、その餓鬼を殺せないことよりも、お前を失う方が遥かに痛手だ」

えっ?
あの頑固でヤキモチ妬きな紅龍様の台詞に私が彼を二度見するも、紅龍様はいつもの不敵な笑みを浮かべており、煙管を咥えて上下させた。

「……いいヨー。オマエ、好きなだけ好みの男を囲ってみろヨー」

なんて??
問い返すと、紅龍様は戦場となっている廊下の先へと進み出しながら言い残す。

「ふふ。その男達の誰よりもワタシが優れてオマエを虜にすると証明できずして、龍の名は背負えまい。……ったく、面倒くさい女に心底、惚れちまったもんだ」

最後の方はよく聞こえなかったけど、私がポカンとしている傍で、黒服の皆さんがシュバッてきた。お、おう、準備いいな……?

「姐さん! 安全な場所までご案内いたします!」
「そうっすよ姐さん!」
「ボスの命のディディ姐さんですからね!」

姐さん呼びは止めて欲しいな!
黒服ズは出口まで連れてってくれたけど、茨鬼君だけはフラフラになりながら、紅龍様の後を追っていた。

「茨鬼君!」

呼びかけると彼は振り返った。でも、その顔を見て私はぎょっとする。
茨鬼君は、ボロボロ泣いていたのだ。
そして私を見て頷いた。

「……うれじいんです……ズズッ」
「え?」

茨鬼君は鼻を啜りながら、続ける。

「お、おれ、おれ……、庇ってもらったことも、抱きしめてもらったこともなくて……。いつもダメな奴だって怒られて殴られて無視されてたから……ッ、だから、ディディ様にいっぱい構ってもらえて、優しくしてもらえて、助けてもらえて、嬉しかったんです! だから……」

そこで茨鬼君は、腰の鞘からダガーを引き抜いた。

「だから、ディディ様の為に、いっぱいたくさん、殺してきますね!!!!!!!!!!」
「アカーーーーーーーーーーーーン!!」

ケガしてる状態で行くなと腕を掴んで引き留めるも、ガルー達と同等の戦闘力がある茨鬼君は止まらない。
むしろ「ディディ様の為に、首をいっぱい狩ってきますねっ♪」と、戦国武将みたいなお礼(?)をしようとする!

止まらない茨鬼君の姿に気づいた紅龍様が振り返ると、命令した。

「ド阿呆! オマエ、ディディの護衛だろうガ! 護衛が護衛対象を放り出してどないすんねん! いいから、とっとと帰還してろハゲ!」
「わかりました! ボス! おれ、ハゲてないですけどディディ様をお連れして帰還します!」

紅龍様の命令でようやく止まった茨鬼君が私の方を振り向くと、ぎゅっと手を握ってきた。
そして、はにかんだ笑みを浮かべて走り出す。

「ディディ様! ご安心ください! おれ、今度は絶対に貴女を危ない目に遭わせたりしませんから!」
「茨鬼君……!」
「でも、殺したい相手がいたら直ぐに言ってくださいね! いつでも殺しますから! というか、黒服の誰かを殺しましょうか?」
「何で味方討ちしようとしてるの!?」

ツッコむと、茨鬼君が頬を染めた。

「あ、あのっ、ディディ様と二人だと、何だかよくわからないのですが心臓がドキドキするようになっちゃって……。誰か殺してないと落ち着かないなって……(チャキッ」

照れ隠しで味方を殺そうとしてるので、私は秒で止めた。

「うん!! とりあえず『にゃんニャン♪』って言いながらスキップでもしてようか!!」
「わかりました~! にゃん、ニャンっ♪ にゃんニャ~ン♪」

こうして私は茨鬼君と共に無事()に脱出したのだった。