茨鬼君……?

 私は苦しい息の中、視線を上げる。
 すると、騎士の一人が鎧を脱ぎ捨ててウルボラに飛びかかっていた。

 それが茨鬼君だったのだ。

 虚を突かれたウルボラは茨鬼君の攻撃を防ぐこともできず、顔面を真一文字に切り裂かれた。
 怯んだウルボラがベッドから転げ落ちる。

 「ア、アァァアアアアアアアア! 顔が! 私の美しい顔がぁぁあああああ!」

 顔を押さえて悶え苦しむウルボラ。
 その間に茨鬼君が私に駆け寄ってきた。

 「茨鬼君!」
 「ディディ様! 遅くなって申し訳ありません!」

 私のことよりもアリアのことを……と訴えるも、アリアは拘束を解くと、ベッドの一部をへし折り振り回していて……アレ? 捕まったフリしてたの?

 アリアは血をペッと吐き捨てると、ベッドの一部(鈍器)をブン回しながらウルボラに近づいていた。そして淡々と告げる。

 「……シスター・ディディの安全が保障されるまでは暴れるわけにいかないからな」

 どうやらワザと掴まってアジトまで追いかけてきてたらしい。
 そして面体を傷つけられたウルボラは怒りも露わに騎士達に叫んだ。

 「何をしているのです! その罪人どもを早く処刑しなさい!」

 しかしウルボラが叫ぶと同時に、騎士達から痛々しい悲鳴が上がった。

 「ひぃぃぃっぃぃいいいいい!」
 「ガルーだ! 狂犬ガルーがいるぞぉぉぉぉぉぉおおおおお!」
 「切り裂き魔のサングレまでいるぅぅぅぅぅぅ! イヤーッ!」

 騎士達が狙撃されたり吹っ飛ばされたり切り裂かれたりしている群れの最奥を見ると、ガルーとサングレが鬼の形相で暴れていた。
 二人はかつてない程の怒声を飛ばしている。

 「クソが! アリア、手前マジで番犬も出来ねーのかよ! クソ駄犬が!」
 「本当ですよ! 俺のシスターを危険な目に遭わせて! このクソボケ騎士どもと一緒に死んでくださいね!」

 ガルーの右ストレートで吹っ飛んだ騎士をアリアは避けながら、無表情で首を振った。

 「それに関しては死ぬほど反省してるが、シスター・ディディの傍は譲らない」
 「手前! そこは譲れよ! わがままか!」
 「本当ですよ! 俺様キャラはボスとガルーだけで手いっぱいですから!」

 どうしてガルーとサングレが来てくれているのか?
 すると茨鬼君が笑顔で私の頭を示した。

 「だいじょぶですよ! ディディ様! さっき教会でボスがディディ様の頭に盗聴器つけてましたから! それで加勢が来てくれたんです!」
 「え?」
 「この場所がドコかわからなかったので、わかるまで暴れるなとアリア先輩が計画したんです!」

 頭に触れると、確かに超小型の謎の機械がついていた。

 あのハグして頭ナデナデしてくれた時に既に盗聴器が……だと……!?

 じゃあ私が街中でしてたこと全部、筒抜けだったんかい!!

 最推しが盗聴器をつけるくらい溺愛してきて困る件について!
 とラノベのタイトルみたいになってる私の脳内!
 困惑していると茨鬼君は満面の笑みで頷いた。

 「ディディ様、良かったですね! ボスが『もしディディが盗聴に気づいて機器を捨てやがったら、次はGPSをドタマに埋め込むから報告しろヨ~』って言ってましたが」
 「え」
 「ディディ様が気づかれなかったのでボスも埋め込み型までは流石にしないと思います! おれはディディ様にそういうことしたくないなって思ってましたから!」

 脳にチップ埋め込みとかSFの世界になってるっていうか本人の了承が必要なことは先に言えええええええええええええええええええええええ!!!!
 あと茨鬼君、紅龍様の声真似、ムダに上手いな!!??
 (ショタボイスから生み出される低音イケボの衝撃)

 ツッコミが追いつかなくなってる中、茨鬼君に抱きかかえられた。
 そして茨鬼君は颯爽と走り出す。

 「ちょっとちょっと! 茨鬼君! 私、重いから! それにガルー達を置いていくのは……」

 あたふたするも、茨鬼君の走りは軽やかだった。
 廊下に飛び出すと、ガルー達から、ぐんぐん距離が離れてく。
 しかも走りながら茨鬼君は会話をする。

 「全然重くないですよ? おれが腕立て伏せしてる時、煙草吸ったガルー先輩と、分厚い推理小説持ったサングレ先輩と、鉄アレイ持ったボスが背中に座ってきましたが、その時と比べたら軽すぎますから!」
 何しとんじゃ推し達!! こんな青少年をイビりたおして!!

 それから茨鬼君は苦笑した。

 「それに、これからちょっと凄惨なことになるので、ディディ様はご覧になられない方がいいと思います!」
 「どういうこと?」
 「ボスが来ますので」

 その言葉と同時に背筋がゾクリとする程の殺気を感じた。