え……?

 よく見ると、紅龍様の足首をフードの男……の背中に隠れていたらしい赤ちゃんが掴んでいた。

 こ、この子が刺客……!?

 てっきり大人の刺客がくると思っていた上に、フードの男が囮だったなんて!!
 そんな情報、ゲーム本編にもオフィシャルファンブックにも無かった!
 わ、私が余計なことをした所為で、かえって状況が悪化してる!! ば、バカバカバカ!

 自責の念にかられている間にも紅龍様の足からモザイクのように分解が始まる。
 ばらばらと零れるモザイクは地面に吸い込まれるようにして消えていった。

 早く治さなきゃ! 早く――ッ!

 「ユ、ユリ――ッッ!」

 私がユリを呼ぶも……姿が無い!

 あ、あの娘、逃げた――!?

 紅龍様が時間巻き戻しの異能を使うも、分解は『存在ごと消す』所為なのか、存在を起点として巻き戻す彼の異能とは絶望的に相性が悪いようで元に戻らない。
 黒服達は……。

 「ボ、ボス……!」
 「うわぁあああああ!」
 「ボスがやられた! 逃げろ!」

 もう腰まで分解されかけた紅龍様の姿に黒服達は青ざめ、逃げ出した。

 「ちょ、ちょっとアンタたち!」

 私が呼びかけるも、黒服たちは逃げるか硬直するかで役に立たない!
 それよりもユリを探しに行ってよ! と私は赤ちゃんが紅龍様や他の人に触れないように、バットで距離をとるしか出来なかった。

 私がユリを探しに行けば、その間に赤ちゃんが紅龍様に触れて分解が進むかもしれない!
 うぅん! そうでなくても、赤ちゃんを野放しにしたら、どれだけの被害が出るか……!

 ああ、どうしよう! どうすればいいのよ! こんな、こんな時に……!

 そうしていると「シスター!」と、ガルーたちの声が聞こえた。

 「ガルー! サングレ! アリア!」

 ちびっこたちが血相を変えて飛んでくるのが見えた。

 「おい! どうしたんだよ!」
 「うわぁん! しすたぁ! また、あぶないことしてるよぉ!」
 「わたしに何かできることは、あるのか!?」

 危ないから教会で待ってるように言ったのに、ついてきていたらしい。
 私はガルーたちに向けて必死に叫んだ。

 「お願い! ユリを捜して連れてきて! あの子なら何とか出来るから!」

 そう叫んでも、もう、明らかに今からユリを探しても間に合わないくらい、紅龍様の分解は進んでいた。
 飛び出していくガルー達の背中を見送り、私は赤ちゃんの分解被害を減らすことしかできなかった。

 その絶望的な破壊が紅龍様の胸元まで進んだ時、彼が呟く。

 「『暴君のあなたは、最期は独りで死ぬ』か……」

 呟く紅龍様を見つめると、彼は自嘲気味な笑みを口元に浮かべて、片手を天にかざした。

 「妻の……、春麗の予言通りだ……。私は独りで生きて、独りで死ぬのだと……」
 「紅龍様! そんなこと……そんなことないです! ユリが来れば助かりますから!」

 私が励ますも、紅龍様は泣きだす前のような顔で嗤う。

 「お前も早く逃げろ。私か、あの餓鬼に触れれば、お前も死ぬんだ。お前にはガルー達が」

 そこで私は紅龍様の手を両手で強く掴んだ。

 紅龍様がぎょっとする。

 でも構うもんか!

 「台詞の途中でゴメンナサイ! しんみりしてますけど、私、推しがそんな悲しいこと言ってるのに放っておけるわけないですから!」
 「お前……」
 「紅龍様は死なない! 仮に万が一、死ぬとしても、独りでなんて逝かせません! あなたが生きても死んでも、傍にいます! 推しに何度も命救われてきたんですよこっちは!!」 

 そう、友達も家族もいなくて、仕事はデスマーチ続きで職場の人間関係は最悪でも、推しがいたから生きてこれたのだ。
 紅龍様という、どんな辛い目に遭っても孤高の強さを誇り、敵には容赦しないのに、一度懐に入れた相手には激しい執着を注いでしまう……。

 そんな手加減が下手な、不器用な推しのことを尊敬して憧れていた。

 「だから! 推しと共に居られるなら本望です!!!!」

 私が叫んで紅龍様の手を握りしめる。
 遂に分解は私にも伝染して、紅龍様と繋いだ手から消えていったけど、それでもいいって思えた。


 だって、紅龍様は母親に抱き上げられた迷子の子供みたいに目元を滲ませていたんだもの。