その大きな声に私たちだけでなく、黒服のコワモテおじさんたちも驚いていた。
 なんでそんなに笑っているのだろう?
 すると紅龍様が目元を指で拭いながら、私を見てまた笑った。

 「くっくっくっ! ワタシの前で顔芸するオンナは、オマエだけだヨ!」

 か、顔芸……したつもりなかったんですけど……!?
 しかし紅龍様は椅子にどっしりと座り直すと、目を細めて顎をしゃくった。

 「……ワタシに侍るオンナ、どいつもこいつも同じように媚びたツラして吐き気がするほど飽き飽きしてたヨ! でもオマエ、このワタシと居るのに阿呆かと思うくらいに気取らねーナ!」

 ケラケラ笑ってる。
 う、うっそでしょ……!?
 推しの前では『一番かわいい顔』してたつもりなんですけど……?

 しかし、そんな戸惑う私の唇に紅龍様が親指を伸ばすと、口の端についていた料理を拭った。

 「……!?」
 びっくりして言葉を失う私。
 紅龍様は拭った指を赤い舌で舐めながら、低い声で続ける。


 「……但就是這种地方譲人覺得可愛(ダン ジウ シー ジェー ジョン ディー ファン ラン レン ジュエ ダー クーァ アイ)
 (……でも、そういう所が可愛らしい)」


 かわっ……!?

 か、かわ、可愛らしいぃぃぃいいいいいぃぃぃいいいいいいい!?!?

 えっ、ちょ、待って待って待って!? 

 推しに『可愛い』ってイケボで言われて耐えられる人類いる!?

 いねーよなぁー!! と私は奇声を上げて飛び跳ねていた。

 でもそんな私の傍でサングレたちが青ざめて「キャー!」と騒ぎ出す。

 「ど、どうしたのサングレ!? 私より女子力高い悲鳴だったけど!」
 「しすたぁ! しなないでぇ~! しすたぁがしぬなら、ぼくもしぬー!」

 サングレが泣きながら走って来て、アリアも腰にしがみついてきた。

 皆どうしたのかと思っていると、ガルーが情けないものでも見るような目で、ハンカチを差し出してきた。

 ぽたぽた……と、私の鼻から赤いものが……。

 私は推しに褒められて、興奮のあまり鼻血を噴くという醜態を晒していたのだった……。

 ◆◆◆

 「あ~ん! 紅龍様の前で鼻血噴くとか、もうムリ! ゲンメツされちゃった~!」

 お店を出てから鼻にティッシュ詰めたまま泣いて騒ぐ私にガルーが「いまさらだろ」とか言ってきた。
 今更って何よ!! どういうことなのよ!!
 これでも乙女としての第一線は守護らねばならぬ気持ちでいたのよ!!

 でも、お会計を済ませてきた紅龍様は(ゴチになりました)上機嫌だった。

 てっきり『オマエ、雰囲気ブチ壊しだヨー』とか『顔芸にもホドがあるヨー』とか嫌味を言われるかと思ったのに……。

 それどころか「ワタシの台詞だけで鼻血噴いたオンナはオマエが初めてヨ」と褒められ(?)た。
 あ、ありがとうございます……?
 普通にイタい女だと思うんですけど、紅龍様のお気に召したなら良かったです。

 そこで紅龍様が私に近づくと、ぼそりと呟く。

 「それだけ意気込みが強い、お前だからこそ期待している。もうすぐ、聖女ユリが出てくることになったとしても」と。

 え。ユリ? 出てくるの? もう? 急展開すぎない?