「ただいま〜……」
 僕は学校から帰宅すると、靴を脱ぎ台所へと向かった。しかし台所や他の部屋には電気がついておらず、人の気配も感じられなかった。
「……ん」
 台所のテーブルの上を見てみると、ラップをされた夕食と一枚のメモ書きが置いてあった。
『夕食作ったから温めて食べてね』
 母さんはスーパーのパートとして働いている。電気も消えており誰もいないという事は、おそらく今日はシフトが入っているのだろう。
 ただのメモ書きだというのに、心が落ち込んでいくのは何故だろうか。
 僕は夕食と水の入ったコップを持って自分の部屋へと向かった。

 ***

 夕食を食べ終え、歯を磨くと僕はいつものようにベッドに横になっていた。
 どうしてか最近母さんとの事がよく頭に(よみがえ)ってくる。

 *

 勢いよく頬を打った衝撃音が春の空に響く。
『なんで教えたことが出来ないの!?』
『ごめんなさい……ごめんなさぁい……』
 あれは幼い頃、僕が自転車を買ってもらった時の事だ。
 乗り方を教わったはいいものの、僕が上手く漕げなかった為に母さんに頬を打たれたのであった。
『ごめんなさい……ごめんなさぁい……』

 *

 母さんは僕がまだ幼い頃に父と離婚しており、母さんと僕の二人でここまで暮らしてきた。
 今思うと、幼い頃からよく母さんには手をあげられていた。なにか僕が間違えたり、言われた事を出来なかったりすると母さんが手をあげるというのは頻繁にあった。
 僕が母さんとあまり話さなくなったのは高校に入ってからだった。やり取りも少なくなり、一緒に食事をとっていても会話はほとんどなく、母さんに何か言われても僕が素っ気なく返すので、そのうちお互いにあまり話さなくなったのだ。バイトを始めたのも家に居たくないからというのが理由だ。
 頭では考えたくないのに、ベッドに横になっていると母さんとの事や過去の事がいくらでも頭に浮かんでくる。
「……ああ、もう!」
 やめてくれ。もう考えたくないんだ。
 僕は気を紛らわす為に体を起こすと、自分のパソコンの前へと座った。
 そのまま電源を入れるとパソコンの起動音が微かに部屋に響いた。
 このパソコンは僕がバイト代で買ったもので、中古で十数万ほどのところを僕が購入したのであった。
 僕はパソコンが起動し終わった事を確認すると、ホーム画面のアイコンから『とあるオンラインゲーム』を選んでクリックした。
 選ばれたアイコンからすぐにオンラインゲームの画面が表示される。開かれた画面の真ん中にはこう書かれていた。
『こんにちはプレイヤー。ようこそqQuit(クイット)の世界へ』
 そう。これが僕の大好きなオンラインゲーム、その名も『qQuit(クイット)』だ。
 ……qQuit(クイット)。ダウンロード数数百万越えという数字を持ち、プレイヤー同士でのコミュニケーションが可能なクエスト達成型の大規模多人数同時参加型オンラインRPGだ。
 元はと言うと『現実からの解放』というフレーズをモチーフにこのゲームタイトルが付けられたらしいが、実際のところは分からない。が、そんなことは別にどうでもいい。大事なのは、今このゲームをプレイ出来るという事実だけなのだから。
 僕は早速画面下のプレイのボタンをクリックした。
 すると、画面いっぱいにセーブ地点である街の様子が表示された。
「ふおおぉぉぉぉ……!」
「これだよこれこれ……!」
 数日ぶりのログインにテンションが上がる。画面の右下に表示されたメッセージにはこんなことが書いてあった。
『お久しぶりです。プレイヤー:satuki329。ログインボーナスが届いています』
「ん、ログインボーナスか……」
 高揚するテンションを抑えながらログインボーナスを取得する。
「ほぉほぉ……これがもらえるのか……ん?」
 ログインボーナスとは別にもう一件メッセージが来ていることに気付く。
「なになに……期間限定のイベントの抽選に当選致しましたので以下のアイテムが贈られます……?」
 アイテム欄を確認してみると、確かに一つ未開封のアイテムがあることに気付く。そのアイテム名を確認してみると、そこには『水牢(すいろう)の腕輪』と書かれていた。
水牢(すいろう)の腕輪……?」
「……えっ! これレアアイテムじゃん! ラッキー! もらっておこーう」

 アイテムを取得すると、僕は早速クランと書かれたアイコンをクリックした。
 クラン、とは俗に言うチームのようなものだ。qQuitではオンラインでチームを組んだりソロでクエストへ向かうことができる。僕はオンラインのクラン、『ガストロ』に参加していた。
「うおぉ~……! 久しぶり……っ! ええっと……」
 僕は『ガストロ』のチャット欄へ早速文字を打ち込んだ。
『satuki329:お久しぶりです! 最近ログインできなくてすみませんでした。バイトが忙しくて……』
 そう打ち込み終わったかと思うと、すぐにメッセージが返ってきた。
『tonkotsu yarou:お久しぶりですサツキ殿! 長らくのバイト勤務、お疲れ様でした!』
 ログインしたばかりだというのに早速メッセージが返ってくる。
「あ……! 『豚骨野郎』さん……!」
 最初にメッセージを送ってきてくれたこの人は『豚骨野郎』さん。豚骨ラーメンからそのままその名前が来ていて、僕らのクラン、ガストロのリーダーである。
 するとチャット欄にメンバーからの連絡が送られて来た。
『kirimiya48:サツキさん! お久しぶりです!』
『salmon-da1oh:お久しぶりですサツキさん! 待ってたんですよ〜』
『kanon56:お久しぶりですサツキさん! 今皆でクエスト行ってきたところです~』
「『霧宮』さん! 『サーモン大王』さん! 『カノ』さんまで……!」

 今メッセージを送ってきてくれたのはガストロのメンバー。順に紹介すると、二番目にメッセージを送ってきてくれたのが『霧宮』さん。ガストロのサブリーダー的な存在で、豚骨野郎さんが居ない時に皆を引っ張ってくれる。その次は『サーモン大王』さん。この人もその名の通り、サーモンが大好きでこの名前をつけたんだとか。ほんわかした性格で皆の空気を和ませてくれたりする。そして最後にメッセージをくれたこの人が『カノ』さん。名前の由来は知らないけど、頼りになる人だ。この人の場合、あまりログインする事もないし話すタイミングも中々ないので、今日ログインして皆でクエストに行ってるということは中々に珍しい事である。
 僕たちのクラン、ガストロはこうして皆でクエストに行く事もあれば、誰かが必要としてる素材を分け合ったり交流をしたりする時もある。僕もガストロに加わってまだ一年も経っていないが、こうしてメンバーの一員として扱ってもらっている。ガストロの紹介は大体こんなもんだろうか。
『salmon-da1oh:皆サツキさんの事を待ってたんですよ~』
『salmon-da1oh:クエスト行くのが待ちきれないです~!』
「ははっ……!」
 二次元の世界に表示されたただの言葉に、釣られるかのように嬉しくなってしまう。
「はい……! 僕も行くのが待ちきれないです……!」
「はやく行きましょう……っと!」
『satuki329:はい! 僕も行くのが待ちきれないです!』
『satuki329:はやく行きましょう!』
 そうして僕らはある一つのクエストに臨むことにしたのだ。

 ***

 天を衝くようなドラゴンの咆哮がフィールド内に響き渡る。僕らは圧倒的な力を誇る高難易度の敵を前に、苦戦を強いられていた。
『kirimiya48:かなり手強いですね……』
『kanon56:強い……』
『satuki329:一体どうすれば……』
「くっ……! 強い……っ!」

 静かな部屋に打鍵音だけが響く。
 僕はパソコンの画面に釘付けになっていた。
『tonkotsu yarou:諦めるな! 一斉攻撃で一気に体力を削り切れば何とかいけるはずだ!』
『kirimiya48:大魔法ですね!』
『salmon-da1oh:やってみましょう!』
『satuki329:はい!』
 豚骨野郎さん、霧宮さんが詠唱を唱え始めると僕らの周りに大きな魔法陣が浮かび上がった。
 そして豚骨野郎さんが詠唱を唱え終わったかと思うと――。
『tonkotsu yarou:ハッ!』
 僕らの前に巨大な青い火の玉が現れ、ドラゴンへ向かって一直線に飛んで行った。そしてその青い火球が見事命中したかと思うと、大きな爆音とともにドラゴンは燃え尽きながら息絶えていった。

 息絶えていくドラゴン。晴れていく空。そして画面中央に浮かび上がるクエストクリアの文字。
 僕らはついにあの最強と言われていたドラゴンを倒すことに成功したのだった。
「ぃよっしゃー! ようやく倒したー!」
 画面の中は豚骨野郎さんに対する賛美、歓声のコメントで溢れている。
『kirimiya48:やりましたね!』
『salmon-da1oh:やったー!』
『kanon56:ナイスです!』
『salmon-da1oh:ナイスです豚骨さん!』
『tonkotsu yarou:いえいえ、皆さんの協力がなければ勝てませんでした!』
『tonkotsu yarou:特に今日、サツキ殿がログインしてくれなければ、あそこまでの火力は出せませんでした!』
「えぇっ!?」
 突然、自分の名前が出てきたので僕は驚いた。
『tonkotsu yarou:サツキ殿、ありがとうございました!』
『salmon-da1oh:そうですね! サツキさん、ありがとうございました!』
 自分の名前が呼ばれた事による驚きの反面、僕はやはり照れながらも嬉しい気持ちを抑えられずにいた。
「えぇ~? そうかなぁ~? 俺のおかげかなぁ~?」
『kirimiya48:ありがとうございました!』
『kanon56:ありがとうございました!』
「はははっ……! ははっ……!」
 突然感謝された事により、つい笑みがこぼれる。

 ここは最高だ。ここに来れば必要とされる。ここに来れば自分を待ってくれている人間がいる。ここに来れば誰かの役に立っていられる。人間関係があり、友達がいて、活躍できる自分自身がいる。
 現実なんかとは大違いだ。誰にも否定されない。誰にも拒絶されない。誰にもいじめられない。誰も本当の僕を知らない。なんて素晴らしい世界なんだろう。
 ここには母親も、石田も、新井も上戸も店長も、クソみたいな客もいない。
 いいんだ。ここにいれば僕は存在していいんだって思えるから。自分自身を許せるから。醜くて、情けなくて、ただ否定されるだけの自分自身じゃないから。
 僕はここにいていいって、居場所があるって、心から思えるんだ――。
「……あはははは。あはははははっ」

 僕はただ笑った。ここにいていいと、心から思えたからであった。
「あはははは。あはははははは……」
 電子の光に照らされた六畳の部屋で、僕はただガストロのメンバーと笑い合っていた。

 ***

『今日の授業はここまでです。ありがとうございました』
 公民の先生が授業の終わりを告げる。
『起立。気をつけ、礼』
『ありがとうございましたー』
 授業が終わり、思い思いに動き出す生徒達。
 次の授業は化学で移動教室だ。そう思い、教室を移動しようと僕が歩き始めた時だった。
「痛っ!」
 誰かと不意にぶつかり、すかさず謝る。
「すっ、すみません!」
 顔を上げ、ぶつかった相手と顔を合わせる。
「……あ」
 僕がぶつかった女子生徒、それは同じクラスの三井(みつい)早紀(さき)であった。
 こちらを睨むようにじっと見る三井。すかさず僕も謝る。
「……す、すみませんでした」
「…………フンッ」
 そう鼻を鳴らし、謝ることなく通り過ぎていく三井。
「あっ……」
 ……ふん! 何だよ……!
 三井(みつい)早紀(さき)。クラスのカーストでも低い方で、とにかく愛想が悪い。誰に対しても無愛想で、どっちかというと同じようなカースト下位の女子生徒と一緒にいる事が多い。僕の印象を話すんだとしたら、なんというか暗い女だ。
「……フン」
 僕も同じように鼻を鳴らすと、化学の教材の準備をし次の教室へと向かった。

 ***

 学校から帰宅した僕はいつものように中古のパソコンを起動させ、qQuitへとログインした。
「ん……? 何だ……?」
 何やら、ガストロのメンバーが何か話している。
 僕は早速文字を打ち込んだ。
『satuki329:お疲れ様です! どうしたんですか?』
『kirimiya48:お疲れ様です』
『tonkotsu yarou:おぉ! サツキ殿! 今ちょっとある話をしていてですね……』
『satuki329:ある話?』
『salmon-da1oh:えぇ。最近ウチに入った〝新メンバー〟の事ですよ』
 あまり聞き慣れない言葉につい口にしてしまう。
「新メンバー……?」
『satuki275:新メンバーって?』
『tonkotsu yarou:そういえば、サツキ殿にはまだこの話をしていませんでしたな』
 そして豚骨野郎さんはその〝新メンバー〟の名前を口にする。
『tonkotsu yarou:『yuuri123456』と言うんですがね……』
「ゆ、ユウ……リ……?」
『kirimiya48:はい! とても頼りになる方なんですよ!』
『salmon-da1oh:なんと一人であの白銀の塔を攻略したとも言われているんです!』
「はっ、白銀の塔を……一人で!?」
 白銀の塔と言えば、上位クランが総出で掛かっても攻略は不可能と言われる超高難易度ダンジョンだ。その難易度故に勝手にクラン専用のダンジョンだと思っていたが、まさか一人で攻略する人間がこの世にいたとは……。
 僕はつい前のめりになってメンバーに質問する。
『satuki329:それって、本当なんですか?』
『salmon-da1oh:えぇ。白銀の塔をクリアしなければ手に入らないアイテムを装備しているのを見たことがあります』
「う、うそだろ……?」
 あまりの強さにメンバーの話を信じられない僕は、さらに文字を打ち込んで行く。
『satuki329:他の人からもらったという可能性は?』
『tonkotsu yarou:大丈夫ですよ。何度か一緒にクエストにも行きましたが、レベルも高く実力は本物です』
「そんな……」
 にわかには信じられない、というのが僕の率直な反応であった。
 未だに信じることが出来ず、さらに文字を打ち込もうとしたその時であった。

 文字を打ち込もうとした僕の手を通知音が制止した。表示されたチャット欄の文字にはこう書かれていた。
『yuuri123456がログインしました』
「あ……!」
 噂をすれば何とやら、何と謎の新メンバーである『ユーリ』がログインしてきたのだ。
『tonkotsu yarou:ユーリ殿、お疲れ様です!』
『kirimiya48:お疲れ様です!』
『salmon-da1oh:お疲れ様です!』
 ユーリがログインした事により、流れ始めるチャット欄。
「あっ……! お疲れ様ですっと……!」
『satuki329:お疲れ様です』
『yuuri123456:お疲れ様です』
 チャットにログインした事で、画面にユーリのレベルが表示される。
「レベルは……九六〇!?」
 その数字はまさに圧倒的だった。リーダーの豚骨野郎さんのレベルが二三〇。霧宮さんが一六〇。サーモン大王さんが一二〇でカノさんが八〇。そして僕が六〇というレベル順になっているのだが、僕らの数値を足したとしても六五〇レベル。僕らのレベルと張り合うどころかむしろ三一〇レベルも大幅に先を越されている。
 これまでに様々なプレイヤーを見てきたが、五〇〇レベル以上のプレイヤーなど見たことが無かった。
「な、なんだよ……これ……!」
 圧倒的な数値の差につい声が漏れてしまう。
『yuuri123456:この後、竜の秘宝のクエストに行くのですが、誰か一緒に行きませんか?』
「りゅ、竜の秘宝って……!」
 この前僕が豚骨野郎さん達と一緒に行った高難易度クエストじゃないか……!
『yuuri123456:戦うのは自分一人で十分ですので、アイテムなどが欲しい方は一緒に行きましょう』
「なっ……!」
 何だこの言い草は……! よほど自信があるのか、まるで他の人が要らないみたいに言って……!
『tonkotsu yarou:丁度いい! サツキ殿も一緒に行ってくれば良いのではないでしょうか!』
「えっ――!?」
 豚骨野郎さんからの唐突な提案に不意をつかれる。
『kirimiya48:私も一緒に行きたいです!』
『salmon-da1oh:自分も一緒に行きたいです!』
『tonkotsu yarou:私も行かせていただけますかな?』
『yuuri123456:分かりました。では全員で行きましょう』
 そうして僕らは謎の新メンバーユーリと共に、もう一度あのクエストへ向かうことになったのだ。

 ***

 息絶えていくドラゴン。晴れていく空。そして画面中央に浮かび上がるクエストクリアの文字。
 結果、と言うべきか。結果はまさに『圧勝』であった。僕らがあれ程までに苦戦し、大魔法を使ってようやく倒しきったドラゴンを、ユーリは剣を抜いて一度ドラゴンへ向かって振り下ろすだけで倒してしまったのだ。
「…………」
 僕はもう、発する言葉もなかった。
 その圧倒的なまでの強さに、かえって拍子抜けしてしまったからであった。
『kirimiya48:流石です~! ユーリさん!』
『salmon-da1oh:やっぱり強いですね!』
『tonkotsu yarou:流石ですな、ユーリ殿!』
「何だよ、これ……」
 僕はそう発するのが精一杯だった。
『salmon-da1oh:おめでとうございます!』
『kirimiya48:おめでとうございます!』
『tonkotsu yarou:おめでとうございます!』
 晴れていく空。祝福してくれる仲間。最強の装備。朽ちていく敵。その姿はまさに最強と謳われるプレイヤーの姿そのものであった。
「……あ。おめでとうございますって打たなきゃ……」
『satuki329:おめでとうございます』
『yuuri123456:ありがとうございます。クエストの報酬は頂いたので、後は皆さんで分け合って下さい。それでは、失礼します』
「――えっ?」
 そう言うと、ユーリは突然チャットからいなくなってしまった。
「な……」
 困惑する僕を見越しての事か、サーモン大王さんが説明を始めた。
『salmon-da1oh:これがユーリさんなんですよ。たまにウチにログインしてはクエストをこなして帰っていく』
『salmon-da1oh:謎に包まれた存在。それがユーリさんなんです』
『tonkotsu yarou:ユーリ殿の事は、私もあまりよく知りませんからねぇ』

 ほどなくして、僕らは徐々に解散していった。
「……ふぅーっ」
 他のメンバーも落ちたし、今日はここまでにしようかな。そう思い、qQuitからログアウトしようとしたその時だった。
 個人チャットに一件、誰かからメッセージが届いているのを確認した。
「誰だろう……?」
「豚骨野郎さんかな?」
 そう思い、個人チャットの欄を確認してみると――。
「――えっ!?」
 僕のチャット欄に届いたメッセージ。そこには間違いなく『yuuri123456』と書かれていた。
「なっ、何で……」
 僕はすかさず個人チャットを開き、そのメッセージを確認した。
『yuuri123456:お疲れ様です。突然のメッセージすみません。今日行ったクエストでサツキさんに渡しておきたかったものがあって』
「渡しておきたかったもの――?」
 すると、ユーリはとあるアイテムをこちらへ渡してきた。
『yuuri123456:これです』
「これは――『竜の鉤爪』っ!?」
 竜の鉤爪。それは僕らが行ったクエスト『竜の秘宝』ならではの、低確率でドロップする装備型のレアアイテムである。
「これを……なんで……?」
『satuki329:どうしてわざわざ僕に?』
『yuuri123456:はい。実は今日竜の秘宝のクエストに行ったのはこの為だったんです』
「こ、この為……?」
『yuuri123456:豚骨野郎さんからサツキさんとカノさんのレベルの事を知って』
『yuuri123456:竜の鉤爪があればこの先のクエストできっと役に立つと思って、竜の秘宝のクエストに行ったんです』
『yuuri123456:カノさんが竜の鉤爪を既に持ってる事は教えていただいたので、後はサツキさんだと思って』
「お、俺の為に……?」
 僕は純粋に嬉しかった。正体不明のメンバーだったユーリさんがまさか僕の為に動いてくれていたとは。
「あ、ありがとうございますっ!」
『satuki329:ありがとうございます!』
『satuki329:僕のためにわざわざ、しかも竜の鉤爪までくれるなんて……!』
『satuki329:ユーリさんに、なんてお礼を言ったらいいか……!』
『yuuri123456:笑笑』
『yuuri123456:ユーリ、でいいよ』
「ユーリ……!」
「ユーリさん……!」
 僕は勢いのままに会話を続ける。
『satuki329:僕も〝サツキ〟って呼んでもらって大丈夫です!』
『yuuri123456:サツキ君ね、わかった!』
『yuuri123456:これからは私もサツキ君って呼ばせてもらうから』
「……ん? 〝私〟……?」
『satuki329:私? っていう事は……?』
『yuuri123456:そう! 女だよ』
「お、女……っ!」
 予想外の情報に少しだけ狼狽える。
『yuuri123456:これからよろしくね、サツキ君』
『satuki329:はい! よろしくお願いします!』
「へへっ……へへへっ……」
 相手が女性だったという予想外の情報に、つい気持ち悪い笑いが漏れてしまう。
 僕自身、ちゃんとした女性の話し相手が出来るのは初めての事であった。

 しかし僕は知らなかった。このユーリとの出会いが、僕のこれからの青春時代を大きく動かし、僕の人生を変える事になろうとは、まだ微塵も知らないのである――。