蒼き日のユーリ


「皐月ー! 急がないと遅れるよー!」
 母さんがドアの向こう側から声を掛けてくる。
「はーい!」
 スーツの襟を正しながら僕は母さんに返事をする。
 やはりスーツに慣れるのはまだ時間が掛かりそうだ。
「今日初出勤でしょー!?」
「分かってるってー!」
 そう言うと僕はドアを開けて洗面所へと向かう。
 洗面所の鏡を見ながら服装、髪型に異常はないか確認する。
「……よし! 大丈夫だな!」
 異常がない事を確認すると、僕は再び部屋に戻り荷物の確認に取り掛かった。
 すると突然母さんがドアを開けて部屋に入ってきた。
「皐月! 持ち物ちゃんと確認したの!?」
「なっ、なんで部屋に入ってくるんだよ!」
 まだ午前七時だというのにこんな朝の時間からでも母さんは元気そうだ。
「べつにいいでしょ! ほら! 荷物ちゃんと揃ってるか確認して!」
「だから今確認してるじゃん!」

 寒かった冬が終わり、時季が四月に突入した事で季節は春に変わった。

 ユーリとの事があってから約一年と半年。
 三ヶ月間の停学処分期間を終えた僕はその後なんとか学校に通い続け、この春無事に高校を卒業した。
 地元の印刷会社に就職し、今日はその初出勤の日である。

「あ! 皐月ー! そういえば弁当持ったのー!?」
「ちゃんと持ったってー!」
「初出勤の日に弁当忘れたら最悪だよー!?」
「はぁ……。もう……ん?」
 ポケットの中でスマートフォンが振動しているのを感じる。
 おそらく誰かからのメッセージだろう。
 僕はそれが一体誰からのメッセージなのか、もう分かっていた。
 スマートフォンの電源を入れ、通知を確認する。
 すると、メッセージアプリに二件誰かから連絡が届いている事に気付く。
「おっ! これは……!」
 アイコンをタップしてメッセージアプリを開く。
「……やっぱりな」
 僕宛てに届いたメッセージ。
 それはユーリからのメッセージだった。
 差出人の箇所には『有里』と二文字で書いてある。
 僕は早速メッセージを読んでみる。
『有里:皐月君! 今日初出勤だよね!? これから大変な事も沢山あると思うけど皐月君なら大丈夫だと信じてるよー! 頑張れー!』
『有里:あ、私でいいなら相談でもなんでも聞くから! そこは任せて!』
「……はは」
 友人からの応援のメッセージについ笑みがこぼれる。
 僕はメッセージに返信する。
『皐月:ありがとう! これから何があるか分からないけど、やれるだけやってみる! あと相談もするかもしれないからその時はよろしくね』
「……はははっ!」
 浜辺で抱き合い、心から通じ合ったあの日から、僕らの関係は依存相手ではなく純粋な一人の友達に変わっていった。
 ユーリと『本当の友達』になる事で僕らの心にやましい感情はなくなり、晴れ晴れとした気持ちでお互い接するようになったのだ。
 ユーリの事を考えていると、母さんから声を掛けられた。
「皐月ー! 遅れるよー!」
 母さんに言われて時間を見てみると気付かないうちにこんな時間になっていた。
「えっ!? あっ! はーい!」
 僕は慌てて玄関へ向かい、外へ出る準備をしていると母さんが後ろから声を掛けてきた。
「皐月」
「……ん? 何?」
「行ってらっしゃい」
 そう言って送り出す母さんはにっこりと微笑んでいた。
「……うん!」

 外へ出て深呼吸をする。
「よし! 行くか!」
 暗い世界から抜け出し、今確かに自分の未来へと歩き始める僕とユーリ。
 晴れ渡った春の青い空がどこまでも続いていた――。