あれから、せっせと徒歩でその場を離れ、川辺に辿り着いた私たちは休憩することにした。

「ありがとね、カーネス」
「え」

 改めてお礼を言うと、彼は視線を落とす。

「いえ……驚かせてしまって申し訳ございません」
「なんで謝るの? 助けてくれたのに」
「助け……たうちに、入るんですかね……」

 そういって、カーネスはどんどん悲壮的な雰囲気を纏う。

 彼の変化に、嫌な予感がした。これは完全に「あれ」だ。

「もしかして、魔法使うと、体力削られたりするの? 命削ってる感じ?」
「え……?」

 魔力の量は一人一人違う。薬、料理、睡眠、魔法で回復できるらしいけど、そういったもので回復せず自分の寿命を削って使う魔法もあるらしい。

「魔法使うと死ぬとかじゃないよね? なんかこう、そうじゃなくても、ものすごく代償があるとか…?」

 カーネスは魔法を使う時、酷い表情をしていた。いわばこの世の終わりみたいな顔だ。よほどの覚悟を持って魔法を使ったように思う。絶対、命に関わる感じだ。

「いや、しませんが……」

 カーネスは私を信じられないといった顔で見てきた。

「じゃあ、なんで死にそうな顔したの? 命に関わるからじゃないの?」
「いや……全く、魔法は無尽蔵に出せますよ。ああいう、魔物を焼くことも出来ますし、村一帯、出来ます……顔は……そういう顔だから、としか」
「なんだぁ……てっきり命に関わるかと思った……やめてよ、紛らわしいなぁ……でも、ありがとう、助かりました」

 一瞬、カーネスの寿命を縮めてしまったのではと怖かった。少年の寿命を縮めるなんてあってはならない。

「あー良かった。カーネスが命削る感じじゃなくて」
「え」
「え?」

 何が「え?」なんだ。というかさっきからカーネスはどうして私を異物を見るようにするんだ。魔力が無いからか。差別だ。差別されてる。

「なに、その異物を見るような目。無意識かもしれないけど見られてるほうは滅茶苦茶わかるよ」
「あ、ご、ごめんなさい」

 カーネスはすぐに謝罪してきた。悪意はなかったらしい。

「で、なに?」

 どうして魔力が無いとか、そんな感じの質問だろうか。「元から‼」以外に返事が無いから困る。

 いっそ「小さい頃に魔力を吸われて……」とか「自分の魔力を犠牲に大業を成し遂げ……」みたいに嘘でもつきたいけれど、経歴詐称になるから言えない。さんざん料理屋で「魔法使えないのに魔法使える詐欺」で働いてきたし。

「変に思わないんですか?」
「何が?」
「あの力を……」
「あの力?」
「俺の魔法です」
「何で? 便利な力じゃん。暖も取れるし、炒め物、煮物、蒸し物、色々出来るじゃん。最高の力でしょ。変なとこないじゃん」
「……」

 聞いといて、答えているのに返事をしないカーネス。それどころか俯き始めた。望む答えじゃ無かったとしても、返事をするのは礼儀だろう。

「何か返事しなよ。人に質問しておいて返事しないのは……」
「……っ。……っ」

 とん、と小突くと、カーネスは声も上げずに泣き始める。言い方がきつすぎた。というかさっきの差別で注意したから、二重注意になって精神的負荷をかけすぎた。

「え、ご、ごめん、本当ごめん。カーネスをいじめたいわけじゃなくて、えっと、どうしようか、何か食べる? 何か美味しいもの食べる?」

 ぼろぼろと大粒の涙を流すカーネス。どうしていいか分からなくて、とりあえず私はずっと背中をさすり続けた。


 カーネスが泣いた後、彼に料理を作り許しを乞い、「気にしてないですよ」と大人な対応を受けた。

 それから二十日が経過し、カーネスがおかしくなった。

 夜、テントを張り、寝袋の中、瞳を閉じようとすると、うなじに吐息がかかる。

「何か距離近くない?」
「そうですか?」

 思い切って振り返ると、鼻先が触れ合うほどの位置にカーネスが居た。それどころじゃない。振り返る途中で、足ががっつりぶつかった。こいつ人の寝袋に入ってる。

「いや何で平気で人の寝袋に潜り込んでくんの?」
「え?」
「えじゃなくない? 寝袋買ったじゃん? 見えてない? っていうかこんな近くにいなきゃいけないほどテントも狭くないよ?」

 カーネスを泣かせたあと、大きめの街に向かいカーネスの身なりに関するものと寝袋を買った。正直赤字に赤字を重ねる結果だけど、火力係が増えたのだし、大丈夫だと思って大きめのテントも買った。

 だから別に密着しなくてもいいし、寝袋に潜り込む必要などないのに、カーネスは密着してくるし寝袋に潜り込んでくる。夜泣きしちゃうとか、寂しくてっていう歳じゃないし、普通に邪魔だ。カーネスが泣いてしばらくしてから、途端にこういうことが増えた気がする。

「でも、近くないと守れなくないですか? 分からせられません? 寝取りとか業者ものとか、店の評判がどうなってもいいのかとか、脅されたとき怖くないですか」

 悪びれもせずに、カーネスはそう言い放つ。

 分からせ、寝取り、業者もの。全部意味が分からない。彼がこうして訳の分からないことを言い出したのは、カーネスの身の回りのものを街で購入した日から始まった。

 何かを買う時、カーネスは「申し訳ない」「俺なんか」とうるさかった。

 うるさかったので、図書館で待っているよう伝えていたら、そこで変な本を読んでしまった。

 今までカーネスは村おこしで、閉鎖的な、特殊な環境の中にいた。乾燥しきった土と一緒。水でさえあれば、どんな水ですら吸収してしまう。それと同じように、読んだ本を常識として吸収してしまったのだろう。

「だから、それはそういう本の世界だけなの。ここは現実! 自分の寝袋と現実にお戻り」
「ぐぅ……」
「ねえ、起きてカーネス、人の寝袋で眠るんじゃない!」
「うるさいです、早く寝てください……」
「おおおおおまえ!」

 すうすうと寝息を立て始めるカーネス。本当に何なの? 村でごっこ遊びしてた反動か何かだろうか。思い返せば俯くことも無ければ、「モヤシテシマウンデス……」みたいなことも言わなくなった。

 カーネスが読んだ本と、カーネスの村、どちらが教育に悪いんだろう……。

 どちらも悪い。

 私はそう結論付け、寝に入る。流石にカーネスを放り投げて寝袋に入れて眠るのも面倒臭い。カーネスをそのままにして、そのまま目を閉じた。