結局なんやかんやで一夜明け、カーネスと共に村を出た。
村長たちは出立を盛大に祝ってくれたけど、何故かカーネスに対しての別れの言葉は無く、「はよ行け」と言わんばかりだった。「はよ行け」が節々に現れてた。別れぐらいちゃんとしてやれよと思ったけど、カーネスは無関心だった、むしろ移動式屋台に興味を示していた。
「そういえばカーネスってさ、火力どれくらいまで強いの出せるの?」
カーネスと一緒に屋台を引きながら、けもの道を歩いていく。本当は普通の道を進みたいけど、大通りは冒険者でごった返している。
冒険者たちは良く分かんない剣とか弓とかを持っていて、装備もごたごたしているから道幅を占領しがちだ。それに「ダンジョン」とかいう魔物がいっぱい出てくるところから得た戦利品を運んでいたりするから、どうにもならない。
「火力」
カーネスは私の質問に顔色を青くした。
「火力だよ火力。五か所同時に小さい火柱あげるとかって出来る?」
「それ、は……」
しどろもどろなカーネス。この感じには覚えがある。私が食堂で頼みごとをされ、魔法が使えないのがバレないよう誤魔化す時と多分同じ顔だ。こういう顔してたんだな、私。バレバレだったんだ。店長ありがとう。こんな無能を働かせてくれて。感動して死にそう。お金溜まったらお詫びに行こう。
「じゃあとりあえず、作った料理をお客さんに渡すところとか、そういうのからぼちぼち始めようか」
「は、はい」
カーネスがほっとした顔に戻った。
何だろ、魔法使えるのは制限があるとか、使えない事情があるのだろうか。
魔力が結構あったり、「鑑定」とかいう「スキル?」がある人は、「ステータス」とかいう相手の能力値を数値化されたものが見られるらしい。私は見られないから想像だけど、身長と体重が可視化されている世界、なのだろうか。
その数値を見えないようにする魔法とか、偽装する魔法もあるらしい。強さを求められる試験の時、偽装したりして試験に合格する人もいるらしく、魔力が高いだけで数値を見ようとすると騙されやすいけど、「鑑定」とかいう「スキル?」を持った人は、騙されづらいらしい。そして「鑑定」スキルは全員が全員もってるわけではなく、生まれつきあるものだから希少で、住み分け出来てると聞いた。
「まぁ、次の街行ったらさ、カーネスのもの色々揃えていくから。その時の買い物の様子? 見て、接客の参考にしてよ」
一緒に行くことに同意したカーネスが持ってきた荷物は、めちゃくちゃに少なかった。カーネスが「これが荷物です」と差し出して来たのは着替えくらいで、囚人のほうがもっと荷物持ってそうだった。
「寝袋もね、買うから」
「寝袋? 俺はそんなもの必要ありません。勿体ないです」
「なんで」
「地面で寝ます」
「論外でーす。議論の余地なしでーす。一番いい寝袋買ってやっからな」
相当村で酷い扱いを受けたのだろう。
前に店に来てた令嬢がそんな感じだった。彼女は家で虐げられ婚約破棄をされ、一時的に店に滞在していた。
令嬢をずっと前から好きだったらしいふわっとした男が迎えに来て、新たな生活を始めていったけど、出会った当初は私が何かするたびに「勿体ないですわ……」「私なんて……」と卑下を始めるから、物量で潰した。
そんな彼女は定期的に「何考えてるの」と思うようなローブを羽織り、ふわっとした男と一緒に三十人くらいの護衛に囲まれてやってくる。定期的に会えるのは嬉しいけど、道路規制が同時に起きる為、赤字の原因の一端だ。
そういえば、一年後結婚式を開くらしい。なんで一年後か聞いたら、色々式典とか祝いの関係でそうなったと聞いた。魔法が使える人たちの常識は正直良く分からないし、私の家は普通じゃないからより一層、世俗のことは分からない。
「命だけは! どうか命だけはお願いします!」
ぼんやりしていると、命乞いが聴こえてきた。
屈強で見るからに悪そうな賊の集団が真面目そうな青年一人に跪いていた。
なんか、反社会的な組織の内輪揉めな気がする。前にお客さんから「本当に危険な存在は危険に見えない」と聞いたことがあるし、とりあえず、関わるのはよそう。
私はそっとその場を離れようと試みる。
こういうのは様子を窺って、何か音を立てて、こちらが盗み見ていたのがバレて絡まれるやつだ。そういうのは何度も見た。盗み見をして絡まれている人を盗み見していたから良く知ってる。
「カーネス、そっと行くよ」
「いいんですか? ほっといて」
「うん、私たちが飛び込んでも出来ることは無いし。捕まるだけだから。それに言い忘れてたけど私魔法使えないし。人を呼ぼう。このあたり、騎士団の訓練所があるから」
魔法士は、国に仕え魔法で人々のために働く人たちの総称でもある。たとえば土砂崩れが起きた時、それらから人々を魔法で助けたり、怪我をしたりした人を治療するのが魔法士たちだ。
一方騎士団は、戦い特化型。魔物が出た時討伐をしたり、人々が魔法を使って争い始めた時に仲裁をする武闘派集団である。
そしてこのあたりを管轄にしているのは、王家直属の騎士団であり、簡単に言えばめちゃくちゃ強い。以前、西の騎士団に所属している騎士たちから、「直属騎士団は化け物集団」と聞いたことがある。
西の騎士団の団員たちは作っても作っても料理を平らげ、なおかつ転移魔法により集団でご来店なさる大荒くれ化け物集団だったため、「化け物が化け物って言ってら」と思っていたけど、人生の伏線だったのかもしれない。
私は心の中で西の騎士団たちに感謝しながら道を変えて進む。こういう時、落ちてる木の枝で気付かれてる人もいた。入念に足元に気を付けていると、突然頭上でガサガサと音がする。
「……?」
上を見上げると、鳥が一心不乱に木の実を取ろうとしていた。急いで賊と青年の方を見れば、皆は同じように鳥を見た後、視線をこちらに落とす。
あの鳥後で美味しく頂いてやるからな。
「ああ、騎士団を助けに来たのですか? 随分と頼りなさそうですが」
にたりと笑った青年が、賊から視線をこちらに移した。
「騎士団?」
「原型を留めながら苦しめたつもりですが、分かりませんか? この国の騎士団たちですよ」
そう言って青年が賊を指す。いや嘘だろ、と即答しそうになった。騎士団は甲冑を着ているものだし、剣を装備している。目の前の賊たちは手ぶらだ。満身創痍で今にも死にそうになっている。
「そんな……」
馬鹿な話があるか。嘘ならもっとましな嘘をつけ。
言いたくなったけどやめた。初対面だから。
「信じられないでしょうが、しょせん人間です。弱く、脆い」
やっぱり言ってよかったかもしれない。痛い奴だ。カーネスの反面教師になりうる存在ではないか。そう思ってカーネスを見ると、彼は眉間にしわを寄せていた。
「しかし、不思議ですねあなたがた……僕相手にステータスの偽装が出来るとは」
青年は私に不敵に微笑んでくるけど、致命的に間違っている。
私は。偽装なんてしてない。
そもそもない。魔力が。それこそ信じられないかもしれないけど、私はステータスなる個人情報強制開示を受けたとしても、何も表示されないのだ。
私の家族全員、私の魔力は全部0、スキルも無いと言っていた。
軽くステータスを盛る、逆に減らして相手を油断させるという偽装や、「本当の姿を見せるのは身内だけ」という個人情報保護による魔力偽装がはびこる中で、私の「全部ゼロ」というステータス表示は、馬鹿の偽装だった。
つまり私は、馬鹿の看板をぶら下げて生きている。
それでも頑張って生きている状態だが、馬鹿に慣れてない恵まれた環境を持っていたり、鑑定やステータスを見る魔法に特化している人々から、「まさか自分の魔法が通用しない⁉」という過大評価を受け、特級大迷惑に巻き込まれやすい。
「逃げろ! 殺されるぞ! この男は阻害魔法の使い手だ! 辺り一帯魔法が使えない!」
賊たちが叫ぶ。
阻害魔法。
文字通り魔法を使えなくする魔法で、役所など魔法で襲撃されたりすると困る場所にかけられていることが多い。
私はそもそも魔法が使えないが、魔法が使える人間からしたら全裸赤子状態になることは辛いのだろう。賊が切迫した表情で私たちに訴えてくる。
私は元々全裸赤子状態だけど、カーネスは魔力のある子供だ。この状況は怖いと思う。
そして賊にも子供は守ったほうがいいと言う良心があるように、私も一応、子供は守りたい良心がある。魔力は持ってないけど。
ここはカーネスだけでも逃がそう。こういう時、逃げてと言うのは悪手だ。
「カーネス、助けを呼んできて……」
カーネスの方を向くと、彼は凪いだ瞳で右手を青年に向ける。
すると一瞬にして、青年の周りで轟音が響き火柱が次々と燃え上がった。
料理どころか攻撃の火力じゃない。
これはあれだ。祭りとかで賑やかしのために披露する感じの、「そう見えてるだけで実際燃えてるわけじゃないよ」という、見てくれ魔法。本物の火柱ならば絶対に死んでいる威力の火柱に包まれ、青年は声を荒げた。
「ありえない! ありえない! ありえない! 周囲一帯魔法など扱えぬはずなのに!」
見てくれ魔法でも、怖いらしい。そして周囲一帯、魔法が使えない阻害魔法。素晴らしい魔法だ。世界を救う魔法だ。編み出した人間には幸せになってほしいし、ぜひとも転移魔法を封じてほしい。
でもカーネスが見てくれ魔法を使っている以上、阻害魔法の威力はそうでもないのだろう。常連客たちには通用しないはずだ。悲しい。
「この程度の魔法でどうにかなると思える人生で羨ましい」
カーネスは死んだような目で青年を見ている。
「……っ! 来たれ不死鳥‼」
火柱から逃れた青年は、天に手をかざした。すると晴れていた空が黒く覆われ、赤い雷が轟く。
見てくれ魔法だ。痛い青年がカーネスに見てくれ魔法で対抗してきた。
雷が落ちた先から、黒い瘴気と共におどろおどろしい鳥の魔物が現れた。祭りで使えない、「殺される」と子供どころか近隣住民から文句が出る外見の鳥の魔物だ。
祭司から怒られるし、たいてい祭司はその地の地主だったりするから、こんなもの出した日には村八分にされる。
「な、なんだこの魔物は……!」
そして賊たちは純情なのかきちんと恐怖していた。世界の終わりのような表情だ。神話とか陰謀論とか信じる性質の賊なのかもしれない。
「くだらない」
でもカーネスは怖いものに耐性があるのか、鳥の魔物に手をかざした。すぐさま獣は爆炎に包まれ、塵に変わる。見てくれ魔法だから実体はない。本当に魔物を召喚していたら、焼き鳥になっていただろうに。
「嘘だろ……俺の魔獣が、一瞬で……? うわっ」
青年がまた火柱に包まれた。カーネスを見ると、淡々とした表情で右手を青年にかざしていた。
「どうしますか、これ」
そして、カーネスが私に聞いてくる。見てくれ魔法の炙り焼きとはいえ、青年は怖がっているし苦しんでいるから、可哀そうだ。
「え、あ、とりあえず、昏倒させる感じは出来る?」
「……分かりました」
カーネスが右手を一度振ると、炎が弾け小さな爆発が起き、火柱に包まれた青年はふっと意識を失い倒れた。
「終わりました」
「お疲れ様です」
あんなに激しい見てくれ魔法を見たのは初めてだ。炎系の魔法も相当なものだろう。もしかしたら炒め料理と煮込み料理、蒸し料理も同時に出来るかもしれない。確信していると、魔法士団が転移魔法で現れ始めた。良かった。これで賊たちは治療を受けることが出来るだろう。
「カーネス、行こう」
「いいんですか?」
「うん、あんまり魔法士団とか、会いたくないから」
私は、魔法が使えないのに「へへへ」で誤魔化し就労していた。いわば、やましいことがある。さっきは賊たちのことがあったから騎士団を頼ろうとしたけど、誰も困ってない現在、関わりたくない。さらにいえば兄弟姉妹がいるかもしれない。転移魔法でおしまいクソ帳簿を抱えている今、合わせる顔が無い。
私はカーネスと共に、こっそりその場を後にした。



