この世界は醜いほどにくだらなくて、退屈だ。


 神としてあるならば、人の身を持たず、空の上にでも在れば良かったのに。何故か私たち邪神は地上に、人の身から産み落とされた。

 元から種族が異なる化け物であるのだから、誰にも理解されず、避けられるのは当然だろう。なのに何故私たちは人の身から産まれるのか。何度も何度も考えて生きてきた。その果てに、私は創造主として選ばれた。この世界の仕組みについて説かれようと、私が異端であることに変わりはない。

 生まれ持った特殊性。そんなもの欲していなかった。

 創造主としても、邪神としても半端物。何にもなれない自分が誰かと繋がれるはずもない。

 人の心なんて無ければ良かったのに、きちんと私には寂しいという感情があった。

 古代の書物には、この世界を司る大きな神が、人々を試す為だと記されていた。強大な力を持つ者におもねることなく、恐怖することなく、しっかりと手と手を取りあい協力し合い、互いに発展を、成長をさせることが出来るようにと。

 そんなもの、人間側の都合でしかない。神の都合で同じように神である邪神が人の身として顕現させられた。しかし異端は虐げられる。一方で創造主としての立場で、傷つけることを許されない。

 すべて壊してしまいたい。

 そうすれば、何にも期待せずに済む。

 死ぬことも許されない牢獄の中で、あらゆる手を尽くしたが、結局心を埋めてくれるものはどこにもなかった。なんとなく、魔王軍に入ってもなおだ。ずっと埋まらない。どうにもならない。



 しかし、私の計画はある一人の、何の力もない人間によっていとも簡単に狂わされてしまった。

 炎の邪神を一夜で懐柔し、水、風と異種族を自分に従えていく人間。

 邪神には、その核に互いを呼び寄せる機能を備えている。それが何らかに作用したものだと考え、しばらく様子を見ていたが、どうにもその機能とは関わっていないような気がしてならなかった

 だから私に備わる闇の力を用いて、人間が私を引き入れるように仕向け、私自ら人間へと近づいてやった。人間や他の邪神たちには、自分は土の属性を持っていると伝えた。実際、私は大地を自在に操ることが出来る。闇を隠すことも容易い。簡単に奴らは私を信じた。

 そうして人間へと近づき、人間の精神の深層部を覗いた。今まで数多の人間の心根を見てきたが、そのどれとも似ていない。ただただ漠然としていて、見たものを見たまま感じ取る様な、単純な、そして簡単な精神構造をしていた。

 人間は、邪神たちの人から外れた魔力を目にしても、「便利そう」「うらやましい」「すごい」しか思わない。恐怖を一切感じず、邪神に対する疑いも抱かない。見たもの、在るものをそのまま受け入れていく。

 この人間は、馬鹿なのか。本気でそう思った。けれど同時に期待を持った。この人間は、もしや本当に見どころのある人間ではないのかと。

 次に私は、人間と邪神らを世界の裏側、魔界を統治する魔王率いる四天王の一匹と引き合わせてみた。

 私や邪神らにとっては脅威でもなんでもない屑同然の存在だが、人間からすれば十分な脅威になる。そんな脅威と邪神が戦うところを見ればいささか心を乱すのでは。そう思った。水や風の邪神が加入したとき、四天王のもう一匹と邪神が戦うところを人間は見ていたが、どうやら人間はその四天王を、愚かな人間の一種と認識していた。だから、きっと邪神らが四天王と戦うところを見れば何かしら心を動かし、その単純な精神構造も複雑になるのだろうと。

 結果は、私の敗北に終わった。

 人間は、基本的に自身の脅威に対して、恐怖をしない。というか、おそらく考えやものの見方が下等種や神ともズレている。明らかに変だ。人間の中でも変な部類に入る。絶対的にあの人間はおかしい。

 極めつけは、自分の五感を操作される装飾品も平気で受け取った時だ。見どころがあるなんてものじゃない。あの人間、本気で頭がおかしい。

 私はその価値観を人間らしいものに正してやろうと思った。だから四天王の幹部が魔界の果てにある、入ったものの魂を喰らい力を与える呪海に沈み、邪竜へと姿を変え、人間の前に現れた時、力を貸した。

 到底人の身では扱えないような土人形を従え、崇高な深淵を見せてやった。自信があった。こんなものを見せつけられれば、確実に人間は私を恐れると。

しかし人間は目を輝かせ、廃棄物の処理に使用できると飛び跳ねた。


 正気を疑った。


 その渦に何かが飲み込まれるのを見ただけで、人は恐れをなして逃げ惑う。人間に魔力が存在せず、この力を感じ取れないからとも思ったが、おそらくあの様子だと魔力を感じ取っていたところで同じ反応をしていただろう。

 断言できる。あの人間は、かなり頭がおかしい。馬鹿だった。

 もっと崇高な魔力を見せいつか恐怖を与えてやりたい。人間の言葉で言えば、「ぎゃふん」と言わせてやりたい。あの頭のおかしな人間が私をしっかりと強者であると認識するさまを見たい。そして私を恐怖し屈服するさまを存分に楽しんだあと、その礼に世界を分け与えてやろう。

 そう思うのに、なぜか私の口から出てきたのはただあの人間に世界をやろうとする甘言ばかり。自分の身だというのに全くもって度しがたい。なんなんだ奴は。絶対に許してなるものか。


「……くっ」

 でも、そんな愚かさが愛おしかった。

 この感情は異界でたとえるならば、ペットを見るようなものだと思う。世話のかかる生き物を、面倒な散歩に連れていき、どうしてそんなことになるのかという失敗をされてもなお、愛おしく思うそれ。

 ペットにしたい。

 クロエをペットにしたい。

 しかしながら、クロエを許したくない。許したくないが痛めつけるのは虐待だ。なぜなら種族も違う。復讐には至れない。

 私は複雑な感慨を抱きながら、拠点に戻っていった。