「第一試合、クロエ対ユウヤ、両者構えて!」

 審判の声掛けに、お飾りの剣を握りしめる。

 剣は武闘大会で貸し出しをしてもらった簡易のものだ。だって魔力のない私が何を装備したところで、赤ちゃんの哺乳瓶より耐久性が死ぬ。買ったところで意味がない。

 そして武闘大会で道具を貸し出してもらう人間なんて殆どいないらしく、係の人に何度も「壊れやすいけど大丈夫ですか⁉」と確認された。

 ようするに私は今、おしまいの剣におしまいの防具で、チートてんこもり勇者に立ちはだかっている。

 周りを見れば、闘技場の観客席は観客がみっちり詰まっていて、雄たけびの様な唸り声がそこかしこから響いている。

 いいな、このお客さんたちを相手に商売が出来たらよかったのに。


 そしてこんな状態で特定の誰かを探すのは無理だけど、幸い関係者席というものがある。カーネスたちの姿を見つけることは簡単だ。不安を誤魔化すようにそちらの方を見ると、相変わらずみんなは何だかとてもぎこちない笑顔をしている。

 見なきゃよかった。不安倍増した。

「安心しなよ、意識を失わせるだけで済ませてあげるからね」

 向かいに立つてんこもり勇者が笑みを浮かべてきた。

 彼が握りしめている剣は、龍のあしらいが刻まれ、おどろおどろしい色の刃文が波打っている。完全に「大人用」だ。

「では、始め!」

 審判の開始の合図に、一斉に闘技場の観客が沸き立つ。その声に怯んでいると、てんこもり勇者が突然足元に呪文を唱え始める。

 まずい、こっちに加速で近づいてくる気だ。異世界人よくやる。店先で異世界人対現地人の戦いを繰り広げられたとき、めちゃくちゃ見た。

「え」

 逃げようとすれば、私の腕は紫色の粒子に包まれ、勝手にてんこもり勇者に向かって手をかざしていた。


 戸惑っている間に、人差し指につけていたカーネスの指輪が赤く光る。

 これ、左の薬指につけろとかふざけたこと言われていたから、右の人差し指につけたけど誤作動……⁉

「ぎゃあああああああああああああああ!!」

 突然爆炎に包み込まれるてんこもり勇者。

 そのまま私の手が剣を握り込む。すると剣は燃え盛る炎に包み込まれた。

「何これ何これ何これ……」

 負けるって言ったよね?

 勝ちに行こうぜ!

 なんて一言も言ってないよね? 何でこの剣こんなやる気に満ち溢れてるの? 頭おかしいのかこの剣、ていうかカーネス何考えてんの?

「ふ、やるな……料理人は仮の姿ってところか、君に興味が出て来たよ! クロエ」

 呼び捨て馴れ馴れしいな。こっちは今とんでもない状況になってるのに。

 そう思うと今度は腕輪が青く輝き始め、こちらに向かって加速をして走り込んでくるてんこもり勇者の進行方向に次々と氷の柱が現れ始めた。

 ああ、これ間違いない。シェリーシャさんの凶行だ。どうしよう。

 てんこもり勇者は氷の柱や水弾により装備を次々と削られて行くが、決定打になる攻撃は与えられていない。

 さすがてんこもり勇者──なんかいっぱいチートがあるのだろう。よくわからないけれど──いや、多分、手加減されてる。だって特等席にいるシェリーシャさんめっちゃ笑ってる!

「これでどうだっ! 天の意志よ我に力を授けよ! 切り裂け!」

 透明な無数の刃がこちらに向かってくる。

 けれど首につけている首輪がふわっと暖かくなり、視界に緑色の光がちらついた。

「なにっ⁉」

 てんこもり勇者が驚いている。ギルダの魔法だ。てんこもり勇者の刃全て、無効化している。良かった。もうこのままギルダの魔法で転んで──、

「うわああああああああああああああああっ」

 突然足元に突風が吹きあがり、私はそのまま飛び上がっていった。助けてほしい。切実に助けてほしい。誰か止めてくれ。私を失格にしてくれ。だっておかしいもんこれ。落ちることを覚悟すると、視界に紫色の光が舞い、土で出来た滑り台が現れた。

 駄目だ、多分これ、ローグさんも絡んでるんだ。だって土だもん。止めてくれる人間、いないや。終わりだもう。

 あきらめているうちに私の足首は紫色の光を帯び、軽やかに滑り台に着地し、速度を上げながら一直線にてんこもり勇者へと向かっていく。

 腕はいつの間にか剣を大きく振りかぶっていた。加速が止まらない。助けてほしい。剣はいつのまにか炎を纏い燃え盛る一方だし、多分、ギルダの風で加速がついている。転べば止まるけど、このまま転んだら骨が砕けて死ぬ。このまま突っ込んでも死ぬ。どうしたって死ぬ。どんどん加速していく。

「うわああああああああ」

 私は物凄い勢いでてんこもり勇者に接近すると、私の腕がそのまま剣を思い切り振り下ろした。

 てんこもり勇者が剣を構え受け止める、爆発するように周囲が閃光に包まれた後、ガラスが砕けるような音がした。

 駄目だ。てんこもり勇者の剣が、砕けてる。そして勇者はそのまま吹っ飛んでいった。

 私はといえば、紫色の光に包まれ、なんとかその場にとどまっている。

 一応、無傷。でも、それ以外、全部最悪だ。

 てんこもり勇者が観客席まで打ち付けられた跡には、氷柱と炎が転々とし豪風が吹きあれている。そして観客たちは「勝者クロエ!」と絶対に望んでいなかった結果に大きく湧いていた。