「緊張して眠れない」

 夜も深まり就寝したと言うのに、何でかさっぱり眠れず、私はまた散歩に出ることにした。

 いや、またなのだろうか。散歩なんて、いつしたのだろう。不思議に思っていれば目の前に切り株が現れた。突然現れた気もするし、もとからあった気もする。

「おや、クロエさん、眠れないんですか?」

 後ろからローグさんがやってきた。あれ、こんなこと、前にもあったような気が。

「ローグさんもですか?」
「ええ、まぁ、そんなところです」
 
 ローグさんは私の隣に座った。いつの間にか切り株が二つになっている。いや、元からあったような?

「明日の緊張で眠れないんですか?」
「はい、ハハハ、皆の事は信じられるんですけど、私がちゃんと動けるかなって不安がままあるんですよね。ハハハ」

 武闘大会。皆の魔法は信頼してる。でも武闘大会だ。相手は私を倒しに来ている。接客で人と触れ合う機会があると言っても相手は食べに来ているのだ。料理を。たまに難癖つけに来るのが目的の化け物もいるけれど、私を殺しに来ているわけではない。

 でもこの武闘大会では違う。相手が私を倒しに来る。普通に緊張するしこの緊張で大失敗をやらかしたら怖い。

「……私は、相手の五感を支配することが出来るんです。それがどういうことか分かりますか」
「辛いのを食べているのに甘く感じるとかですか」
「……」

 ローグさんは無言で私を見た。駄目だったようだ。

「例えば、店長の視覚や聴覚を支配して、同じものを見たり聞いたり……ああ、記憶を操作することも可能なんです。そして、その心を思うままに操って……こうして、外に誘き出したり。さらにこうした僕の告白に、疑問を抱かないようにさせることが出来るんですよ」
「へー」
「どうして僕がそんなことが出来るのか分かります? 思考支配を緩めるので、お答えください?」
「分かんないですね。魔法の仕組みは……ちょっと、疎くて」
「……邪神だからです」

 また失敗したらしい。ローグさんが私を見て困惑している。

「僕は、気まぐれに魔王軍についていたんです。でも、退屈だった。理想がないんですよ。魔族は。強ければいい、強さがほしい。しかしその強さをどう使うかを考えない。思考力のない獣と変わらない。どうしたものかと思いきや、人の子が邪神を率いて、魔王軍の幹部を討伐しているではないですか。これは何か思想や目的があってのことと思いましたが……貴女はなんの思想も理想もなく、自らとは次元の異なる邪神を使役している。気まぐれに魔王幹部の拠点に向かわせ戦わせてみれば、邪神の力を目の当たりにしているにも関わらず、貴女は態度一つ変えない。不思議でならないのですよ」
「拠点?」
「城があったでしょう?」

 ああ。カーネスが焼いた城……?

「貴女の心にあるのは、なんなのでしょうか」

 ローグさんがイヤリングをこちらに差し出しながら問いかけてくる。あれ、貰ったはずだけど、いつの間にローグさんのもとに。

 というか私の心にあるもの?

「……質問とか?」
「何が気になるのでしょう」
「支配できるとか聞きましたけど、私の目にごみ入ったりしたら、目痒いとかローグさんも思うんですか」
「はい?」

 ローグさんが、私を馬鹿を見る目で見てくる。「え、そんなのも分からんの!?」みたいな、完全に馬鹿を見る目だ。ステータス! などという個人情報大公開魔法で私を見てきたやつが全員この目で見てくるからよくわかる。

「すみません、バカみたいな質問して」
「違うんです。どうして……そういったことが気になるのだろうと……思いまして」
「え……だって明日の大会、感覚が共有したままなら痛いでしょ。その間遮断しなきゃいけないし、だとしたらイヤリングは外したほうがいいかなって」
「ああ、ご心配には及びません。相手の痛みや傷などの感覚は共有しませんよ」
「なら安心ですね、良かったー。よろしくお願いします」

 感謝を伝えてそのイヤリングを受け取った私は、自分の耳にさっとつけた。

「……それつけるんですね」
「え、お世辞的な意味合いですすめた感じですか……? 今めちゃくちゃ無礼なことして……」
「いえ、そういう訳ではないんです。ただ、驚きというか、生まれて初めての感動、といいましょうか」
「はぁ」

 なんか、ローグさんと話すの良くないかもしれない。馬鹿がバレる。知能指数の差が浮き彫りになる。このまま話し続けると幻滅されるのでは。店長が馬鹿って職場としては本当にきついだろうし。

「逆ですけどね」
「? 何が逆なんですか?」
「何でもないです。では」
「はい、おやすみなさい」

 こちらに背を向けるローグさんを見つめる。まずいな。完全に軽蔑された。