「いやぁ、いい村ですねえ!」
「そうでしょう! ほほほほほ!」
全力で媚を売った笑顔を目の前を歩くお爺さんに向ける。すると同じようにお爺さんは、媚びへつらった笑顔を私に向けた。
私は今、ハギという村に来ている。のんびりとした空気感の、嫌な言い方をすればよくある田舎町だ。整備の資金が足りないのか、ところどころ壊れた祠があったりだとか、札が張られた井戸がある程度で、特徴が無い。
この村に来た理由は、まぁ人を雇うと決めて一番近いところだったから。それだけ。
私は物語の世界のように、魔王討伐の仲間を探したり、冒険をする仲間を集めに来たわけではない。
炎魔法が使えて、正気だったらいい。いわば誰でもいいのだ。魔力は個人差があり、他の人たちは魔物を討伐したり冒険するにあたって、「スキル」などという特殊能力を持っているだとか、良く分からない評価で仲間集めをするらしいが、私はもう、私以外の働いてくれる誰かでいい。
このお爺さんでもいいと誘ったら「一応村長なもので」と断られた。
「旅人様は炎属性の魔法の使い手を探しているのでしょう。お探しの条件にぴったりの者がおります故、是非連れて行ってくだされ……!」
そう言って私の隣を村長が歩く。接客業としては満点の笑みだ。しかしその笑みに反比例して、村長の足はどんどん村のはずれ、廃れた森へと向かっていく。道も土や砂で固められた道が、岩や枝が転がった獣道へと変わってきた。
……村ぐるみで騙されているのでは。
これ生贄とかにされたりしない?
不意に思い付いたことが、頭を占めていく。しかし生贄にも魔力は必要だ。というか魔力が必要だから人間を生贄にするのであって、魔力のない私は生贄にすらなれない。
「この村って、なにか古くから伝わる伝説とかってあったりするんですか」
「え」
村長がわかりやすく冷や汗をかき始めた。
「生贄とか必要な」
確信を持って訊ねると、村長は何故か安堵した顔をして「いえいえ、そんな物騒なことはございませんよ」と首を横に振る。
「この村に伝わっているのは、世界を作った神の右手が眠っている、という伝説にございます」
猟奇殺人、死体遺棄では。いや猟奇殺神か。
「それは、どういう」
「神は自分の身体を犠牲にして、この世界を作りました。しかし最後の力を振り絞り、この世界の生命が危機に陥ったとき助けられるよう、自らの右手、左手、右足、左足を切り落とし眠らせたのです」
自傷行為なのか救済なのか分からない。
「そしてその右手が眠っているとされているのですが──それらしきものもなく……」
村長はうつむく。村の中に祠や札の貼られた井戸が多かったのは、そういう伝説があるから、かもしれない。
一度お祭りが開かれるとその土地で便乗商法として祭りの関連商品が増えるみたいなあれだ。観光地にしようとして失敗したのでは。観光の目玉になるであろう右手が無くて。
「それどころか神の眠り後に背くような忌々しい……」
「え」
村長は先ほどまでの態度が嘘だったかのように、恐ろしい形相に変わった。しかしすぐ、「あっあそこにいる少年は、きっと役に立ってくれますよ」と、遠くを示す。
村長の指す方向には、いつ倒れてもおかしくない小屋があった。その傍では、煉瓦色の髪をしたやせ細った少年が薪を運んでいる。年は十三……十四歳くらいに見える。
「あそこの少年のお兄さん、とかですか」
「いえ、あの少年ですよ」
また村長が接客満点の笑みを浮かべる。狂ってんのか。
というか、普通、余所者に少年を差し出すだろうか? 洗礼か何か? 冗談で言ってる……?
「名をカーネスと申します。天涯孤独の身の上です故、すぐにでも連れて行けますよ」
村長は高速で揉み手を始める。本気だ。本気で言っている。
屋敷を出てから子供が労働をしているのを何度か見かけたが、皆親や兄弟、それか馴染みの人間の近くで、「手伝い」として働いていた。
外へ働きに行かせたり……それこそ行商について行かせることはしなかった。
「えっと……」
「お気に召しませんか? 小さな身体ですが、魔力は、申し分ないと思いますよ」
さっきから村長は、「はよ連れてけ」と言わんばかりに話をしてくる。
雇われるのは少年だ。少年が拒否をすれば、もうそれで終わり。私が無理やり連れて行けば立派な「人さらい」だ。村長は一体何をそんなに急かしてくるんだ。強制的な感じを出してくるのやめろ。
「とりあえず話をしてきますね」
さりげなく、あくまでさりげなく、別れの雰囲気を醸し出しながら村長にそう言うと、村長は渋い顔をしてその場を動こうとしない。
「ここで大丈夫です。ありがとうございます」
今度は、直接的にそう言うと、村長は渋々と言った様子で踵を返し戻っていった。人材を紹介してくれたことはとてもありがたいけれど、やはり用心に越したことは無い。村長と少年二人がかりで襲ってきたら嫌だ。「お前を薪にしてやろう」と、よそ者の排除と火葬で一緒くたにされたらいやだ。
「こんにちは」
カーネスという名の少年に近付き、声をかける。雇う気は全くないけど、第一印象が肝心だ。村長は何か怪しいし、少し話をして打ち解けた後、この少年に良さそうな人を紹介してもらえば良い。
「……」
が、少年は私を見ると、少し考え込むようにして俯いた。無視とは言い難いが、限りなく無視に近い。
「えっと、私の名前は、クロエ。実は、炎の魔法が得意な人を探してて、村の人に聞いたら、君が一番得意だっ……」
「あなたは、騙されていますよ」
騙されている? 一体それは、どういう意味だ? やっぱり村ぐるみで何かやってる? 生贄にされるんじゃないか? 魔力も無いのに? 木にだって魔力が宿るなかで魔力の無い私が⁉
「どういうこと?」
「……俺は、人間じゃない。……俺は、全てを燃やし尽くす、化け物ですから……」
尋ねると、少年は右腕を押さえながら、気取り尽くした自嘲的な笑みを浮かべそう言った。
いかれてら。
少年の発言を聞いて、全身に鳥肌が走り震えていくのを何とか堪える。
「そういうの村で流行ってるのかな」
「……は?」
少年は怪訝な目で私を見た。
は? って何?
私、年上……。
「私よそから来たから、村の流行りで一芸披露されてもついていけないかな」
「……っ本当です! 俺は全て燃やしてしまうんです!」
痛い。なんていう痛さだろうか。あの村長に完全に騙された。何がぴったりだ。完全な病人じゃないか。ふざけられてる。
全てを燃やし尽くすとか、本当に、痛々しい。もしそれが本当なら、国で隔離されるはずだ。こんな村のはずれでのうのうと木の枝を拾ったりしない。
というか持っている木の枝だって燃えているはずだ。松明みたいになっていなければおかしい。本人だって燃えてるはずだ。
だって前に見た炎の魔物がそんな感じだった。
屋台が燃やされると大慌てだったけど、週に二回転移魔法でやってくる希死念慮の激しい盾おじさんが助けてくれた。
盾おじさん──盾おじは盾しか使えないからパーティーを追放されたらしく、「支援職は生きてる価値が無い」と嘆いていたけど、うちの店にやってくるのは皆そんな感じだった。「回復を専門にしてたらギルドから外された」とか。
生きてる価値のあるなしで考えてたら、人生は辛くなる。そもそも世界に必要な存在なんて無いんじゃないかと話をして、たいてい落ち着く。魔力が無いという最下層の私を見て元気が出ているんだと思う。
ということで、何度か炎特化型の魔物を見たけど、目の前の少年は燃えてないしその周りにある木々も普通にある。
本当に全部燃やす人間だったら、こんな燃えやすいものの周りで生活なんてしない。もう今頃山火事になっているだろう。右腕押さえて、「燃やし尽してしまうのです……!」とか言ってる場合じゃない。火山の奥深くで暮らしているはずだ。
引き攣りそうになる笑みをなるべく自然に見えるよう、顔面の筋肉を全力で稼働させる。頑張れ私の筋肉。
「でさ、知り合いに……」
「俺に近付かないでください! 燃えます!」
近付こうとすると、少年は腕を押さえ、震えるように言い放つ。
「おっと……?」
まだ続けるの? その茶番。私としては、そろそろ本題に入りたい。けれど少年はとうとう腕を本格的に震わせ始めた。
「俺は化け物……なんです、帰ってください……!」
訴えるような少年の声に、鳥たちが驚いたのかばさばさと周囲の木から飛び去っていく。
「本当に化け物ならあの鳥は今頃焼き鳥になってるはずだけど」
「え」
「っていうか……触っていい? 触っていいか聞くのも嫌なんだけど、証明するから」
「だ、駄目です、も、燃えますよ? 俺は触れたもの全てを燃やすんですから……!」
「燃えてないじゃん、それ」
少年の持つ枝を指差す。痛々しい少年に現実を見せる行為だけど、そろそろ面倒になってきた。可哀想だけど、もういいや。
「それにほら、普通に触って平気じゃん。体温も普通。っていうかちょっと冷たい? ほら燃えてないし、元気元気」
私は少年の腕に適当に触った後、その手の平を見せる。普通に燃えてない。っていうか燃える訳がない。ごっこ遊びも大概にしてほしい。ちょっとくらいなら付き合ってもいいけど、ずっと引っ張られんのはしんどい。
「俺に、触れて……あぁ、ああああああ」
少年は余程嫌だったのか、呆然とした目をしながら、じっと私を見ている。汚いものに触れた……なんてものじゃない。完全に絶望している瞳だ。大人げなかったかもしれない。ちょっと罪悪感が出て来た。
「ごめん」
「……」
少年は私が触れた腕をじっと見ている。私は申し訳なさに「なんか、お詫びしようか」と声をかけた。
「え」
「薪運びとか……あ、えーっと、夕食まだだよね? テントはった後、夕食作ろうと思うんだけど、た、食べる? 私一応料理人でね、美味しいとは思うけど」
「……俺と食べる、ですか?」
少年が反応した。どうやら料理に興味はあるらしい。
「うんうん、普段はお金取るけど、今回はね、特別ってことで、御馳走作ってあげるよ、ははは」
少しずつ、目を輝かせ始める少年。良かった。食事に釣られてくれて。今日は村を来る前に商人から買った野菜と魚がある。豪勢なものを作って、心に傷を与えたことを忘れてもらおう。
むしろそれしかない。村を出てから変に色々言われたら普通に嫌だし。この少年の痛い感じだと、俯いて震えながら、「あの、女に、心の、傷を与えられた……」「一生……消えない。俺は……」「触れられて……」とか強姦魔に襲われたみたいな感じに言って村人に誤解されたらきつい。いや、間違いなくそうなる。だってこの少年の震えた感じとか、長年拷問を受けた人みたいだし。被害者感がものすごい。全身から負の雰囲気が漂っている。それに実際、一方的に触ってしまったわけだし。
「そうでしょう! ほほほほほ!」
全力で媚を売った笑顔を目の前を歩くお爺さんに向ける。すると同じようにお爺さんは、媚びへつらった笑顔を私に向けた。
私は今、ハギという村に来ている。のんびりとした空気感の、嫌な言い方をすればよくある田舎町だ。整備の資金が足りないのか、ところどころ壊れた祠があったりだとか、札が張られた井戸がある程度で、特徴が無い。
この村に来た理由は、まぁ人を雇うと決めて一番近いところだったから。それだけ。
私は物語の世界のように、魔王討伐の仲間を探したり、冒険をする仲間を集めに来たわけではない。
炎魔法が使えて、正気だったらいい。いわば誰でもいいのだ。魔力は個人差があり、他の人たちは魔物を討伐したり冒険するにあたって、「スキル」などという特殊能力を持っているだとか、良く分からない評価で仲間集めをするらしいが、私はもう、私以外の働いてくれる誰かでいい。
このお爺さんでもいいと誘ったら「一応村長なもので」と断られた。
「旅人様は炎属性の魔法の使い手を探しているのでしょう。お探しの条件にぴったりの者がおります故、是非連れて行ってくだされ……!」
そう言って私の隣を村長が歩く。接客業としては満点の笑みだ。しかしその笑みに反比例して、村長の足はどんどん村のはずれ、廃れた森へと向かっていく。道も土や砂で固められた道が、岩や枝が転がった獣道へと変わってきた。
……村ぐるみで騙されているのでは。
これ生贄とかにされたりしない?
不意に思い付いたことが、頭を占めていく。しかし生贄にも魔力は必要だ。というか魔力が必要だから人間を生贄にするのであって、魔力のない私は生贄にすらなれない。
「この村って、なにか古くから伝わる伝説とかってあったりするんですか」
「え」
村長がわかりやすく冷や汗をかき始めた。
「生贄とか必要な」
確信を持って訊ねると、村長は何故か安堵した顔をして「いえいえ、そんな物騒なことはございませんよ」と首を横に振る。
「この村に伝わっているのは、世界を作った神の右手が眠っている、という伝説にございます」
猟奇殺人、死体遺棄では。いや猟奇殺神か。
「それは、どういう」
「神は自分の身体を犠牲にして、この世界を作りました。しかし最後の力を振り絞り、この世界の生命が危機に陥ったとき助けられるよう、自らの右手、左手、右足、左足を切り落とし眠らせたのです」
自傷行為なのか救済なのか分からない。
「そしてその右手が眠っているとされているのですが──それらしきものもなく……」
村長はうつむく。村の中に祠や札の貼られた井戸が多かったのは、そういう伝説があるから、かもしれない。
一度お祭りが開かれるとその土地で便乗商法として祭りの関連商品が増えるみたいなあれだ。観光地にしようとして失敗したのでは。観光の目玉になるであろう右手が無くて。
「それどころか神の眠り後に背くような忌々しい……」
「え」
村長は先ほどまでの態度が嘘だったかのように、恐ろしい形相に変わった。しかしすぐ、「あっあそこにいる少年は、きっと役に立ってくれますよ」と、遠くを示す。
村長の指す方向には、いつ倒れてもおかしくない小屋があった。その傍では、煉瓦色の髪をしたやせ細った少年が薪を運んでいる。年は十三……十四歳くらいに見える。
「あそこの少年のお兄さん、とかですか」
「いえ、あの少年ですよ」
また村長が接客満点の笑みを浮かべる。狂ってんのか。
というか、普通、余所者に少年を差し出すだろうか? 洗礼か何か? 冗談で言ってる……?
「名をカーネスと申します。天涯孤独の身の上です故、すぐにでも連れて行けますよ」
村長は高速で揉み手を始める。本気だ。本気で言っている。
屋敷を出てから子供が労働をしているのを何度か見かけたが、皆親や兄弟、それか馴染みの人間の近くで、「手伝い」として働いていた。
外へ働きに行かせたり……それこそ行商について行かせることはしなかった。
「えっと……」
「お気に召しませんか? 小さな身体ですが、魔力は、申し分ないと思いますよ」
さっきから村長は、「はよ連れてけ」と言わんばかりに話をしてくる。
雇われるのは少年だ。少年が拒否をすれば、もうそれで終わり。私が無理やり連れて行けば立派な「人さらい」だ。村長は一体何をそんなに急かしてくるんだ。強制的な感じを出してくるのやめろ。
「とりあえず話をしてきますね」
さりげなく、あくまでさりげなく、別れの雰囲気を醸し出しながら村長にそう言うと、村長は渋い顔をしてその場を動こうとしない。
「ここで大丈夫です。ありがとうございます」
今度は、直接的にそう言うと、村長は渋々と言った様子で踵を返し戻っていった。人材を紹介してくれたことはとてもありがたいけれど、やはり用心に越したことは無い。村長と少年二人がかりで襲ってきたら嫌だ。「お前を薪にしてやろう」と、よそ者の排除と火葬で一緒くたにされたらいやだ。
「こんにちは」
カーネスという名の少年に近付き、声をかける。雇う気は全くないけど、第一印象が肝心だ。村長は何か怪しいし、少し話をして打ち解けた後、この少年に良さそうな人を紹介してもらえば良い。
「……」
が、少年は私を見ると、少し考え込むようにして俯いた。無視とは言い難いが、限りなく無視に近い。
「えっと、私の名前は、クロエ。実は、炎の魔法が得意な人を探してて、村の人に聞いたら、君が一番得意だっ……」
「あなたは、騙されていますよ」
騙されている? 一体それは、どういう意味だ? やっぱり村ぐるみで何かやってる? 生贄にされるんじゃないか? 魔力も無いのに? 木にだって魔力が宿るなかで魔力の無い私が⁉
「どういうこと?」
「……俺は、人間じゃない。……俺は、全てを燃やし尽くす、化け物ですから……」
尋ねると、少年は右腕を押さえながら、気取り尽くした自嘲的な笑みを浮かべそう言った。
いかれてら。
少年の発言を聞いて、全身に鳥肌が走り震えていくのを何とか堪える。
「そういうの村で流行ってるのかな」
「……は?」
少年は怪訝な目で私を見た。
は? って何?
私、年上……。
「私よそから来たから、村の流行りで一芸披露されてもついていけないかな」
「……っ本当です! 俺は全て燃やしてしまうんです!」
痛い。なんていう痛さだろうか。あの村長に完全に騙された。何がぴったりだ。完全な病人じゃないか。ふざけられてる。
全てを燃やし尽くすとか、本当に、痛々しい。もしそれが本当なら、国で隔離されるはずだ。こんな村のはずれでのうのうと木の枝を拾ったりしない。
というか持っている木の枝だって燃えているはずだ。松明みたいになっていなければおかしい。本人だって燃えてるはずだ。
だって前に見た炎の魔物がそんな感じだった。
屋台が燃やされると大慌てだったけど、週に二回転移魔法でやってくる希死念慮の激しい盾おじさんが助けてくれた。
盾おじさん──盾おじは盾しか使えないからパーティーを追放されたらしく、「支援職は生きてる価値が無い」と嘆いていたけど、うちの店にやってくるのは皆そんな感じだった。「回復を専門にしてたらギルドから外された」とか。
生きてる価値のあるなしで考えてたら、人生は辛くなる。そもそも世界に必要な存在なんて無いんじゃないかと話をして、たいてい落ち着く。魔力が無いという最下層の私を見て元気が出ているんだと思う。
ということで、何度か炎特化型の魔物を見たけど、目の前の少年は燃えてないしその周りにある木々も普通にある。
本当に全部燃やす人間だったら、こんな燃えやすいものの周りで生活なんてしない。もう今頃山火事になっているだろう。右腕押さえて、「燃やし尽してしまうのです……!」とか言ってる場合じゃない。火山の奥深くで暮らしているはずだ。
引き攣りそうになる笑みをなるべく自然に見えるよう、顔面の筋肉を全力で稼働させる。頑張れ私の筋肉。
「でさ、知り合いに……」
「俺に近付かないでください! 燃えます!」
近付こうとすると、少年は腕を押さえ、震えるように言い放つ。
「おっと……?」
まだ続けるの? その茶番。私としては、そろそろ本題に入りたい。けれど少年はとうとう腕を本格的に震わせ始めた。
「俺は化け物……なんです、帰ってください……!」
訴えるような少年の声に、鳥たちが驚いたのかばさばさと周囲の木から飛び去っていく。
「本当に化け物ならあの鳥は今頃焼き鳥になってるはずだけど」
「え」
「っていうか……触っていい? 触っていいか聞くのも嫌なんだけど、証明するから」
「だ、駄目です、も、燃えますよ? 俺は触れたもの全てを燃やすんですから……!」
「燃えてないじゃん、それ」
少年の持つ枝を指差す。痛々しい少年に現実を見せる行為だけど、そろそろ面倒になってきた。可哀想だけど、もういいや。
「それにほら、普通に触って平気じゃん。体温も普通。っていうかちょっと冷たい? ほら燃えてないし、元気元気」
私は少年の腕に適当に触った後、その手の平を見せる。普通に燃えてない。っていうか燃える訳がない。ごっこ遊びも大概にしてほしい。ちょっとくらいなら付き合ってもいいけど、ずっと引っ張られんのはしんどい。
「俺に、触れて……あぁ、ああああああ」
少年は余程嫌だったのか、呆然とした目をしながら、じっと私を見ている。汚いものに触れた……なんてものじゃない。完全に絶望している瞳だ。大人げなかったかもしれない。ちょっと罪悪感が出て来た。
「ごめん」
「……」
少年は私が触れた腕をじっと見ている。私は申し訳なさに「なんか、お詫びしようか」と声をかけた。
「え」
「薪運びとか……あ、えーっと、夕食まだだよね? テントはった後、夕食作ろうと思うんだけど、た、食べる? 私一応料理人でね、美味しいとは思うけど」
「……俺と食べる、ですか?」
少年が反応した。どうやら料理に興味はあるらしい。
「うんうん、普段はお金取るけど、今回はね、特別ってことで、御馳走作ってあげるよ、ははは」
少しずつ、目を輝かせ始める少年。良かった。食事に釣られてくれて。今日は村を来る前に商人から買った野菜と魚がある。豪勢なものを作って、心に傷を与えたことを忘れてもらおう。
むしろそれしかない。村を出てから変に色々言われたら普通に嫌だし。この少年の痛い感じだと、俯いて震えながら、「あの、女に、心の、傷を与えられた……」「一生……消えない。俺は……」「触れられて……」とか強姦魔に襲われたみたいな感じに言って村人に誤解されたらきつい。いや、間違いなくそうなる。だってこの少年の震えた感じとか、長年拷問を受けた人みたいだし。被害者感がものすごい。全身から負の雰囲気が漂っている。それに実際、一方的に触ってしまったわけだし。



