武闘大会前日のこと。私は部屋でカーネス、シェリーシャさん、ギルダが一生懸命手を握りながら祈りを捧げる様子を眺めていた。
遠目から見れば、完全に宗教の集いである。
でもただ、魔法石を作ってもらっているだけだ。大会を無傷で乗り切る、最高の魔法石を。
なぜなら会場では、観客席で魔法の使用は禁じられている。それは、気に入らない人間を試合中にどうにかしようとしたりとか、自分が応援する人間を勝たせようと加勢したりすることを禁じる為だ。観客席で「カーネスたちに魔法をかけてもらって怪我無く負けよう大作戦!」は封殺されてしまった。
しかし昨晩、ローグさんが私に助言をくれたのだ。魔力を込めた道具の貸し出しは禁じられていないこと。そして魔法石を用いてしまえばいいことを。
でも、正直なところ記憶に自信がない。昨日、なんとなく散歩をし始めたような気がするけれど、その後から就寝にいたるまでの記憶が一切ないのだ。
多分今日の大会が怖すぎるあまり、精神が不安定だったのかもしれない。だって怪我は怖いし治療代が高くつくことも、普通に怖い。
そして魔法石というものは、文字通り魔力を込めて作った石である。
恋人同士でお互いの魔法石を作って交換しあい、身に着けたりする、いわば恋愛特化型アイテムであり、独身にとってはなんの役にも立たない無関係の品物だ。
だからローグさんに魔法石を持てばいいと言われた時、「は?」と言い返してしまった気がするけれど、記憶がない。
むしろ昨晩、よりによってカーネスの夢を見た、気がする。とんでもない猥褻言語でてんこもり勇者と戦っていた気がするけど、追求したくないし話題にもしたくない。
「これで、店長を守れるはず」
ギルダが手を開くと、緑色の首輪が現れた。
魔力の扱い方によっては、こうして魔法石の装飾品を作れるらしい。仕組みはよくわからない。
前に自称竜神が、人の子の金はないので鱗で支払うなどと言い食い逃げしようとした時、衛兵に突き出そうとしたらそばにいた職人が驚いた顔をして立て替えてくれたことがあったけど、その時職人はささっと鱗で立派な盾を作っていたから、なんか魔法で盾とか出来るんだと思う。
でも「神具が手に入るとは」と言っていた。食い逃げが神なわけない。寝具と聞き間違えたのかもしれない。盾形の枕とかありそうだし。
話が脱線してしまったけれど、近年魔法石は、「これを持つ者を守れ」と祈れば守るように、「これを持つ者に力を」と祈りながら魔法石を作れば、その通りになるらしい。
ということで、私は早速カーネス、シェリーシャさん、ギルダに「これを持つ者が無傷で負ける」魔法石を作ってもらい、身に着けて戦いに挑むことにしたのであった。
作戦はこうだ。石により、カーネスの魔法で中央に炎を設置、相手をこちらに近付けないようにしている間にギルダの風魔法で私を後方に吹っ飛ばし、シェリーシャさんの水魔法によって泡で受け止めてもらう。
そして必ず起きる細やかな失敗を、ローグさんの土魔法でカバーしてもらう。
完璧な作戦だと思う。これで完璧に無傷敗退が決められる。
「はい、出来ました店長!」
カーネスがぱっと手元から顔を上げる。何かめちゃくちゃやる気出していたし、力作だろうとカーネスの手元どころががっしりと両手で掴んでいる赤い岩を見て絶句する。
「いやこれ鈍器じゃん。これで後ろから殴って殺すタイプじゃん」
「想いがはじけちゃって……ちゃんとこうして運べるようにしますから安心してください。ほら」
カーネスがそう言うと手元の岩が輝き、小ぶりな指輪に変わった。岩じゃない。良かった。きらきらと炎のように輝く魔法石はカーネスの瞳の色によく似ている。
「ありがとうカーネス。何かカーネスの目の色に似てるね」
「俺が作ったものですからね! いわば俺の分身です! えへへお風呂に連れていってあげてくださいね!」
「怖い怖い怖い怖い怖い。なに持って行ってじゃなくて連れて行ってなの超怖い。今ぞわっとした。本気で。なにこれ、意志あるの」
「石だけに? 照れちゃってかーわいい!」
この世界で一番恐ろしいもの、絶対話通じないやつだろ。
ローグさんが恐ろしくないんですか? なんて質問をしてきたことがあったけど、この世界で一番恐ろしいものは間違いなく話の通じない同族だ。
あれ、でもなにが恐ろしくないんだっけ……?
思い出そうとしていれば、シェリーシャさん……もとい幼児体のシェリーシャちゃんこちらに向かってくる。
「あげる」
透けるような青が美しいシェリーシャさんの腕輪のように変形し、私の腕に装着された。
「え、すごい、形が変わった! ありがとうございます!」
「クロエに攻撃をしようとしたら、氷んこになって死ぬ」
氷んこ、どんな状態か分からないけど楽に死ねなさそうなことだけは絶対に分かる。だって死ぬって言ってるもん。
「いや待ってくださいもうこれ暗器じゃないですか! 殺すのはなしでお願いします!」
「冗談」
「ああ、良かった……」
「時間で、決まる。三回のうち、一回は死なない。二回死ぬ」
「待って! 待ってシェリーシャちゃん!? それ運次第ってこと?」
「んふふ」
思いなおして! と縋りつくとシェリーシャさんは笑うばかりで返事をしない。やがて、ローグさんがやってきた。
「すみません、遅れましたこちらになります」
そう言ってローグさんが差し出して来たのは、茶色の石がはめこまれたイヤリングだ。けれどどことなく……紫がかかっているような。
「皆さんアクセサリーの形状にされていたので、合せてみました」
「そうなんですね。ありがとうございます」
ローグさんから受け取ったイヤリングを早速つける。
これで何の憂いもない。皆と力を合せて、というか皆に力を合せてもらって私がボコボコになっていくさまを演出してもらい、無傷の敗北を飾る!



